プラス思考とマイナス思考

 朝日新聞の「耕論」のテーマが「居場所を求めて」だった。むかし「たのきんトリオ」というアイドルグループで活躍していた野村義男が「大ヒットなくて良かった」と語っている(10月1日)。
 1990年、バンド(たのきんトリオ)が活動休止になり、ジャニーズ事務所からも離れた。実家のバイク屋をやることになるのかと、家に顔を出すとオヤジさんが好きなことをやればいいと言った。

 事務所をやめた時の所持金は31万円。その直後に30万円のギターを買ってしまいました。スケジュールは真っ白。でも、「絶対に何とかなる」と思っていた。レコード会社の1階にあるレストランに行き、朝から晩まで水1杯で粘っていると、知り合いのディレクターたちが、さりげなく仕事を回してくれた。(中略)
 今はさまざまなミュージシャンとユニットを組んだり、世良公則さん、浜崎あゆみさんらのバックバンドを務めたりしています。そんな充実した日々が過ごせるのは、ジャニーズ時代の僕に「誰もが知る大ヒット曲」が一つもなかったからです。
 仮にヒット曲があれば、お客さんから必ずリクエストがかかるでしょう。主役に迷惑がかかり、僕は職を失ってしまう。もしかしたら今も居場所を見つけられず、その曲だけを抱えて歌っていたかもしれない。ある意味、大ヒット曲した曲がなくて良かったのかもしれません。

 たのきんトリオは80年代のジャニーズ事務所のアイドルグループ。田原俊彦近藤真彦野村義男で構成され、3人の最初の文字を採って「田野近=たのきん」トリオと呼んでいた。
 田原、近藤はソロ活動に移り、それなりに成功したようだ。それが野村は「スケジュールは真っ白」という状態だった。だが、野村はめげない。その後、さまざまなミュージシャンとユニットを組んだり、バックバンドを努めたりしている。そのことを卑下するのではなく、職を得られた、居場所を見つけられたと肯定している。同じ状況をマイナスと捉える人間の方が多いだろう。
 野村と反対なのが克美しげるだった。克美が2月に亡くなっていたと朝日新聞に掲載されていた(10月2日)。

 テレビアニメ「エイトマン」の主題歌や「さすらい」などのヒット曲で知られる歌手の克美しげるさんが、2月に栃木県内の病院で亡くなっていたことが2日、わかった。75歳だった。葬儀は3月に親族らで行った。
 宮崎県出身。64年に「さすらい」がヒットし、同年と65年の紅白歌合戦に出場した。76年に交際していた女性を殺害した事件で逮捕され、懲役10年の実刑判決、89年には、覚醒剤取締法違反で再び実刑判決を受けた。

 紅白歌合戦に2年連続で出場したほど売れていたのに、その後ヒットがでなかった。殺害した女性というのはソープ嬢で、克美は彼女に養われていた。いわばヒモだった。それが芸能界に復帰できそうになったとき、スキャンダルを恐れて殺したのだった。新聞によると、刑務所を出所した後で、また覚醒剤を使ったようだ。
 自分の辛い状況を引き受けられなかったのだ。ソープ嬢のヒモだったのなら、そのことを引き受けなければいけない。ヒモなら芸能界復帰できないというのなら、その状況を引き受けて肯定して、そこから出発しなければならないのだ。
 再起した野村と真逆だったのだ。