「悩みのるつぼ」の相談がおもしろい

 朝日新聞に連載されているコラム「悩みのるつぼ」のQ&Aがなかなかおもしろい。留保付きなのは、経済学者の金子某氏のように常識的な回答者もいいるからだ。私は回答者では、上野千鶴子や車谷直吉のファンだが、車谷は回答者を辞めてしまった。今回紹介する岡田斗司夫も毎回優れた回答をする人で、その知性に深く尊敬の念を抱いている。
 今回(8月10日)の相談者は23歳の女性で、「母が浮気をしています」というものだった。

 私の母が浮気をしています。母は50歳、浮気相手はおそらく年下で、既婚者です。
 母の態度が1年前から怪しくなりました。例えば、毎週決まった曜日になると、朝シャワーを浴びて出かける。朝つけてなかったはずのネックレスを帰宅時にはつけている、など。
 思い切って母に尋ねてみました。そうしたら、すんなりと浮気を認めました。
 しかし、母は浮気をやめていません。母は、「私が人生で初めて本気で好きになった人」とまで言い出すのです。これには娘の私はたまげてしまいました。正直、気持ち悪いです。
 浮気相手も子供がいるようなのです。相手の子供も可哀相になりました。私を産んでくれた母、育ててくれた母、母にはすごく感謝しています。
 「父には言わないでくれ」と言われました。浮気が親戚にばれてしまうと、母は家を出ていかなければならないからです。
 母の大人げない言動と態度には幻滅しました。自分は母のようになるつもりはありません。(後略)

 相談者は、「母の見習えるところは見習って生きていきたい」「私も大人なのでしっかり生きていきたい」「このような決断で正解なのでしょうか」と結んでいる。岡田の回答は秀逸だ。

 「私の決断は正しかったの?」とあなたは問いました。でも実は、決断とは「正しくないことを選択し、あとの努力で正しかったことにする」行為なんです。
 誰かを好きになるのに「決断」はいりません。いつのまにか、勝手に好きになってしまうから。熱湯に触れたら、指を引っ込める。これも決断は不要です。「本当に正しいこと・やるべきこと」には判断など不要です。決断とは逆に「やりたくない・決めたくないこと」を無理やり決める場合に必要です。

 岡田の言う「決断とは逆に「やりたくない・決めたくないこと」を無理やり決める場合に必要」という言葉は、まさに眼から鱗が落ちる思いだ。
 岡田は続いて、他にどんな選択肢があったかと問いかける。

1.介入 母に浮気をやめさせる。先方の家族にバラすと脅してでも別れさせる。
2.共犯 母の浮気を援助する。 可能なら円満に離婚させたうえで、再婚させる。
3.独立 尊敬できない母とは同居できないので、さっさと自宅から出て独立する。
4.無関係 自分の手に余る問題なので、父や親戚に打ち明ける。
5.放置 聞かなかったことにして、忘れる。母からは尊敬できる部分のみ吸収する。

 全部、イヤですよね、と言って、1、2、3を選べないのは、それぞれ母も父も家族も嫌いじゃないから、4を選べないのはみんなが大事だからと言っている。「1〜4は大事だから捨てられない。だから5を選び、あなたは落ちこんでいる」と。最後にまとめて、

……決断とは「正しくないことを選択し、あとの努力で正しかったことにする」行為です。
 大丈夫。あなたと母の、これからの新しい関係が、今回のあなたの選択を「正しかった決断」にしますから。

 岡田の助言の見事なこと! もう感嘆してしまった。
 さて、不倫といえばグレアム・グリーンの『情事の終り』(新潮文庫)を思い出す。これは初め『愛の終り』という題名で出版された。私の持っている新潮文庫もこの題だ。後にイギリスで映画化されて、その邦題が『情事の終り』だった。それで新潮社も題名を変更してこうなったらしい。この原題は『The End of the Affair』で、訳者の田中西二郎によれば、the affairというのはlove affairのことで「情事」の意味だという。『愛の終り』の解説から引くと、

 グリーンによれば、始めと終わりのあるものがaffairであって、この小説の主人公モオリス・ベンドリックスは自分の恋愛をシニカルに"情事"と呼ぶことによって、故意に恋人の人妻サラア・マイルズの愛を−−したがって彼自身の彼女への愛をも、蔑視しようとした。

 岡田の助言は見事なもので、まさに模範的な回答であると言えるだろう。ただ、相談者の女性にはグレアム・グリーンの『情事の終り』を勧めることも有効かもしれない。もっとも、この作品はカソリックの神への信仰が主題であるのだけれども。


 岡田斗司夫による過去の「悩みのるつぼ」の名回答の数々。
岡田斗司夫の男女のランク付けが面白い(2011年4月14日)
「悩みのるつぼ」でどうしたらモテるかを答える岡田斗司夫(2010年1月26日)
岡田斗司夫の回答が秀逸(2009年8月29日)


情事の終り (新潮文庫)

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情事の終り [VHS]

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