ロイヤル島のヘラジカ

 竹内久美子朝日新聞に「生物界なら1強ありえぬ」というエッセイを書いている(2013年7月24日)。参院選で圧勝した自民党に対し、メディアが「大きすぎる与党」への懸念を表明しているのを読んで、自然界のこんなエピソードを思い出したとて、ロイヤル島のヘラジカを紹介している。

 アメリカとカナダ国境、5大湖の一つ、スペリオル湖にロイヤル島という長径70キロほどの島が浮かんでいます。冬になると、湖面が凍り、湖岸と地続きになることがあります。20世紀の初め、20頭ほどのヘラジカが、凍った湖面を島へと渡っていきました。
 島にはヘラジカにとってのライバルとなる大型の草食獣もいない。ヘラジカはあっという間に増え、20頭が12年間に3千頭にまで増えたといわれます。
 ところが、今度は増えすぎた弊害が表れました。エサが不足し、その後の10年間で800頭にまで減ってしまった。20世紀の半ばごろには、凍った湖面を渡って、今度はオオカミがやってきたのです。肉食のオオカミはヘラジカを襲います。島のヘラジカは絶滅、オオカミの天下に−−。
 いいえ。そうはなりませんでした。ヘラジカはオオカミによって個体数が減り、エサ不足が解消して逆に増えたのです。その後はヘラジカ千頭、オオカミ30頭程度で安定しているそうです。(後略)

 これを読んで、23年前の長谷川真理子のエッセイ「セントキルダ島と羊たち」を思い出した。東京大学出版会のPR誌『UP』1990年6月号に載ったもの。

 イギリスを旅する人たちの数は数え切れないほどあるが、スコットランドへ行く人の数は、まだずっと少ない。さらにスコットランド本土を離れて、西岸を取り巻くアウター・ヘブリディーズ諸島を訪れる人は滅多にいないだろう。その中でさらにぽつんと西に離れて位置するのがセントキルダ(島)である。私自身、そこに生息する野生ヒツジの調査に参加することになると聞いたとき、そこがどこにあるのか知らなかった。(中略)研究対象であるヒツジたちは人を恐れる様子もなく、私たちを横目に草を食んでいた。この年は島全体で約900頭のヒツジがいた。島は閉鎖系であるため、ヒツジの数がどんどん増えると環境収容力が一杯になり、やがて一気に大半のヒツジが死んでしまう。ここのヒツジは、このような増加と減少のサイクルを長年(約5年周期で)、繰り返しているのである。島を歩くと足元に、草の間にも海岸の割れ目にも、気が付けばほとんど島中が隙間もないほどに、かつて死んでいったヒツジたちの白骨で覆われていることがわかる。今いるヒツジたちは、吹き荒れる風に頭を低くし、死んでいった同胞たちの骨を踏みつつ、骨と骨の間で草を食んで生を営んでいた。(中略)この年、島の環境収容力は飽和に達し、10月頃からヒツジが死に始め、私がこの手に抱いて体重を計った子ヒツジたちは、2頭を除いて全員が死んでしまった。彼らもまた、草の間に横たわる白い骨の仲間入りをしたのだろう。(後略)

 私たちにとって、これらはとても教訓的なものだ。すでに地球には人口が多すぎる。早晩、食糧がなくなって「やがて一気に大半の・・・」、あるいは「凍った湖面を渡って、今度はオオカミがやって」来るのを待つことになるのか。「オオカミ」の代わりの言葉は、「病原菌」か「放射能」か「隕石」か・・・。