グレアム・グリーン『見えない日本の紳士たち』を読む

 グレアム・グリーン『見えない日本の紳士たち』(ハヤカワepi文庫)を読む。すでに発行されている『二十一の短篇』に収録されていない16篇を集めた短篇集。続篇も予定されているとのこと。
 グレアム・グリーンは高校生の頃からもっとも好きな作家の1人で、主要な作はだいぶ読んできたが、未読のものもたくさんある。これらの短篇は初めて読んだのだった。全集には翻訳されて収録されていたが、そこまでは手を出さなかった。グリーンは長篇が得意な作家で、それも娯楽ものと称するエンタテインメントと、真面目な小説ノベルに分けられる。やはりノベルがおもしろい。『情事の終わり』『事件の核心』『権力と栄光』『ヒューマン・ファクター』など。エンタテインメントは『落ちた偶像』『第三の男』なんかが有名だ。
 長篇に比べると短篇はちょっと物足りない。「八月は安上がり」の訳者解説から、

 成功や幸福は相対的なものであるが、年齢はそうはいかない。40歳はすでに初老である。だが40の人妻が、20代の若者には相手にされずとも70歳の男性の目には魅力的と映るなら、年齢もまた十分相対的なものとなる。では愛はどうか。夫に期待できない愛を浮気相手に求めるのはお門違いと考えるか、夫に期待できないからこそ浮気相手に求めるのだと開き直るか考えものだが、どちらにせよ、一瞬でも満足のいく「高級な」愛を探そうとするなら、それ相応の場所に行くべきだ。格安のツアーで出掛ける割安の避暑地などもってのほかである。(訳者=永富友海)

 でも「彼女は手を伸ばし、彼の興奮状態を知っても、まったく嫌悪感を覚えなかった」って、本当に70なのか。40歳の人妻ってこんなに大胆なのか。どっちも経験したことがないことばかりだ。
 「戦う教会」はすこしだけ『権力と栄光』を思い出した。訳者(田口俊樹)によって、「1950年代、のちのケニア独立の契機となるマウマウ団の乱を背景に、キリスト教の布教に腐心する神父たちと、そんな彼らに難題を吹っかける大司教によってばたばたと、それでいてどこかしらのんびりと演じられる寸劇である」と紹介されている。
 「初夏のある日、パリの公園で中年の男女がひとつのベンチに座る。黙って孤独な時間を楽しんでいたふたりは、そのうち言葉を交わすようになる。やがて陽が傾きかけて……。」と解説される「慎み深いふたり」がおもしろかった。(訳者=鴻巣友季子
 また名作の誉れ高いスパイもの『ヒューマン・ファクター』を読み直してみよう。


見えない日本の紳士たち (ハヤカワepi文庫)

見えない日本の紳士たち (ハヤカワepi文庫)