赤坂ACTシアターでアトリエ・ダンカン・プロデュースの芝居『しゃばけ』を見た。原作が畠中恵、脚本・演出が鄭義信、出演が沢村一樹、臼田あさ美、宇梶剛士、高橋光臣、阿知波悟美、麻美れいなどだ。
演出等を担当した鄭義信は2008年に脚本・演出を担当した『焼肉ドラゴン』が絶賛を浴びた。その年の演劇賞を総ナメにした感があった。何しろ、朝日舞台芸術賞グランプリ、鶴屋南北戯曲賞、読売演劇大賞 大賞・最優秀作品賞、芸術選奨文部科学大臣賞、韓国演劇評論家協会の選ぶ今年のベスト3、韓国演劇協会が選ぶ今年のベスト7等々を受賞したのだった。
新国立劇場の『焼肉ドラゴン』の初演は見られなかったが、それをNHKBSで放映したのを見ることができた。感激した。この『焼肉ドラゴン』については、Wipipediaに詳しく紹介されている。
戦後、大阪の国有地を不法占拠した集落で焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む在日朝鮮人の物語。焼肉屋の主人夫婦は再婚でどちらにも連れ子がいる。夫婦の間にできた少年は学校でいじめに遭い苦しんでいる。3人の娘たちは結婚相手の問題で悩んでいる。物語を大きく覆っているのは在日への差別だ。しかし芝居はユーモアたっぷりでとても楽しい。絶賛されたのはもっともだと思われた。
2010年には、こんにゃく座で上演された『ネズミの涙』を見た。これも鄭義信が脚本・演出をした芝居だ。子ども向けでもあるオペラだが、やはり在日の苦しみを描いている。これを見て、初めて在日の苦しみが実感できたように思った。
好評を受けて『焼肉ドラゴン』は2011年に再演された。今度はチケットを入手して新国立劇場で見ることができた。ところがテレビで初演を見たときの感動が戻ってこなかった。なぜだったのか。
さらに2012年、新国立劇場で鄭義信脚本・演出の『パーマ屋スミレ』が上演された。この舞台も期待して見た。『焼肉ドラゴン』と同じような大阪の在日の世界を描いていた。事故のせいで足が悪くなった準主役が登場するのも一緒だった。そしてこの芝居にも引き込まれることはなかったのだった。
そのことについて考えた。鄭にとって第一に重要なテーマは在日の苦しみを訴えることなのだ。そのことはよく理解できる。差別を受けるという大変な体験をしてきたのだから何をおいてもそのことを訴えたいのだ。しかし、そのテーマが重要なので、表現についての工夫は重視されない、というか興味がないという印象を受けた。鄭の芝居はまるで新劇の(と要っても実はよくは知らないのだが)素朴なドラマツルギー(作劇法)のようなのだ。だから鄭の芝居からそのテーマであるメッセージを差し引くと、あとには凡庸な芝居しか残らないということだろうか。いや、鄭の芝居から重要なテーマを差し引くというのは、まるでノンアルコールビールを飲むようなものだろう。それは無意味なことに違いない。ただ、ドラマツルギーにもっと複雑なものがほしい気がする。チェーホフの芝居は何度見ても見飽きないではないか。
さて、今回見た『しゃばけ』のことだ。開演して15分もしない内に帰りたくなった。説明過剰な演技、幼稚なドタバタ、鄭がなぜこんな舞台を作ったのかと考えて、何となく理解できた気がした。赤坂ACTシアターは客席数1,300もある大きな小屋で、そのほとんどを占めるS席は9,000円もするのだ。観客は中高年のご婦人方が目立つ。あの方たちに喜んでもらい、また見に来てもらうためにはそんなベタな演出が必要なのだろう。だからこそ、分かりやすい演出家である鄭義信が選ばれたのだろう。佐藤信や生田萬などではなく。
そういえば以前紀伊國屋劇場で清水邦夫脚本・演出の木冬社の芝居を見ていた時いつも満席だった。その頃は平幹二朗が主演していた。ところが、ある年から平が出演しなくなった。その年、劇場の客席は半分しか埋まっていなかった。半分の観客は木冬社の芝居ではなく、平幹二朗を見に来ていたのだった。観客はみな役者を見に来るのだ。