山本容朗『人間・吉行淳之介』を読む

 山本容朗『人間・吉行淳之介』(文春文庫)を読む。元角川書店の編集者だった山本が、編集者として長く担当した吉行淳之介のエピソードを綴っている。出典をみると、吉行の文庫本の解説として書いたものが多い。
 私はかなりディープな吉行ファンだから、吉行についてはずいぶん知っているつもりだったが、知らないことも多かった。山本は吉行のエッセイや作品などからエピソードを拾っているが、編集者として付き合っていたときに聞いた内輪の話も多い。ただ個人的なゴシップなどは避けているようだ。
 ではファンとして面白かったかと言われれば素直には肯定できない。興味深いエピソードが山ほどあるのに、それを料理する腕が下手なのだろう。短いエッセイが多いが、短いからといって構成に気を配らなくていいというわけにはいかないのだ。
 吉行のエピソードの一つに肺活量が大きい話があった。

 ある日、当時ラジオのプロデューサーをやっていた庄野潤三の大きなストップ・ウォッチで、呼吸を止める競争をやった。
 洗面器の水に顔をつけてのがまん比べ。島尾敏雄が30秒、安岡章太郎45秒、三浦朱門が1分弱。
 吉行の番になった。庄野がストップ・ウォッチで5秒おきに大声をあげる。
「1分30秒」と声がかかっても、吉行は顔をあげない。2分をすぎたころから記録係は顔も紅潮し、秒読みの声も興奮気味。見ている仲間もカタズをのむ。
「2分15秒」と庄野の声が少しふるえて聞こえると同時に、吉行がゲラゲラ笑いながら顔をあげた。
「まだ続きそうだったが、つい吹き出してダメだった」
 というのが、吉行の声。記録は2分20秒。

 私も高校生のときに息を何秒止められるか一人で実験した。2分くらいまでが苦しかったように思う。体を前後に揺すって耐えていたが、それを過ぎるともう苦しさはなくなって、もっと長続きしそうな気持ちになった。2分30秒を確認したとき、このまま気を失ったら死んでしまわないだろうかと思って恐くなった。実験をやめたとき、2分35秒だった。
 これって肺活量の問題ではないだろうか。私と体つきが似ている娘も、小学校のとき、男子も合わせてわたしがクラスで一番肺活量が大きかったよと言っていた。


人間・吉行淳之介

人間・吉行淳之介