金井美恵子『ピクニック、その他の短篇』を読んで


 金井美恵子『ピクニック、その他の短篇』(講談社文芸文庫)を読む。カバーのデザインがきわめて上品だ。ところがこれがたったの2色印刷で作られている。デザイナーは当然菊地信義だった。
 本書は金井美恵子の短篇12篇から成っている。それらは1992年に発行された『金井美恵子全短篇』II、III巻から採られている。1976年金井28歳のときの「桃の園」から、1986年38歳の折りの「あかるい部屋のなかで」まで、ほぼ10年間、金井28歳から38歳までの中期の作品だ。
 金井はフランスのヌーヴォー・ロマンの作家たちから影響を受けて作家活動を始めた。彼らに多大な影響を与えたモーリス・ブランショの『文学空間』や『来るべき書物』からの影響が大きいことを金井自身が書いている。
 金井の初期作品はどこか生硬な印象を与える作風なのだ。本書の短篇もその範疇に入っているのではないか。中の1編「既視の街」という中篇は1980年に新潮社から単行本で出版された。写真家の渡辺兼人の写真とのコラボレーションという形で。渡辺は写真展「既視の街」で木村伊兵衛写真賞を受賞している。その写真を掲載したのがこの『既視の街』で、だいぶ時間が経ってから、カリスマ的な人気が出てこの本が売り切れた。しかし出版社として増刷するほどの売れ行きの期待はできないと踏んだらしく、絶版で現在古書が数千円という
 新刊が出た当時購入して読んだのだったが、渡辺の写真の印象が強くて、金井の小説は印象に残らなかった。なにしろ渡辺はこの写真によって、写真の概念を変えたくらいの画期的な仕事をしたのだった。そのコラボレーションは渡辺の一人勝ちだったと思う。
 この『ピクニック、その他の短篇』では最後に置かれた「あかるい部屋のなかで」が最も完成度が高いと思う。初期の実験的な習作の時代を経て、金井は30代後半から優れた長篇小説群を量産していく。私の読んだものだけでも、『文章教室』(1985年)、『タマや』(1987年)、『小春日和(インディアン・サマー)』(1988年)、『道化師の恋』(1990年)、『岸辺のない海』(1995年)、『柔らかい土をふんで、』(1997年)、『噂の娘』(2002年)、『快適生活研究』(2006年)等々と豊饒な創作の時に突入していくのだ。
 金井美恵子は、ジョン・ル・カレスタニスワフ・レム佐多稲子大江健三郎吉行淳之介らとともに、私の最も好きな作家の1人なのだ。その毒舌も含めて。


ピクニック、その他の短篇 (講談社文芸文庫)

ピクニック、その他の短篇 (講談社文芸文庫)