大森望『21世紀SF1000』のスタニスワフ・レム評

 大森望『21世紀SF1000』(ハヤカワ文庫)は2001年から2010年までの10年間に日本で発行されたSFを取り上げて、『本の雑誌』に時評として連載したもの。「序」に「2001年から2010年まで、21世紀の最初の10年間に出たSF約千冊を刊行順にざっくり紹介したべんりな1冊が、お手元の『21世紀SF1000』なのである」と。また「時評パートで書名のうしろについている★印の採点は、当然のことながら、大森の主観的な評価。★★★★★が満点(年間ベストワン級)で、☆は★の1/2個分。★★★★☆なら4.5ポイントということになる」。
 ここで紹介されているSFのうち、私がもっとも愛するスタニスワフ・レムについての紹介のみ抜き出してみた。まず2004年、

 予告から1年遅れでやっと出た《スタニスワフ・レム コレクション》第1弾『ソラリス』(沼田充義訳/国書刊行会)★★★★★は、ポーランド語からの初邦訳。ハヤカワ文庫版から約40枚増量された完訳版で、いま読むとソラリス学の嘘八百がすばらしく面白い。なるほど、これが『完全な真空』『虚数』になったのか。レム的思考を現代に受け継ぐのがイーガンだけど、さすがに貫禄ではレムにかなわないかも。

 ついで2005年の冒頭は、

 国書刊行会スタニスワフ・レム コレクション》第2弾、『高い城・文学エッセイ』(沼野充義ほか訳)★★★★☆は、その高踏的なタイトルに反して、めちゃめちゃSFでめちゃめちゃ刺激的でめちゃめちゃお茶目な本。顕微鏡的な精密さで幼少時を回想する自伝小説(自伝的エッセイ?)の「高い城」なんか、もう最高です。栴檀は双葉より芳しというか三つ子の魂百までというか、レムはギムナジウム時代からレムだった。(中略)
 要するにレムは、どんなくだらないことでも"ちゃんと考える"人なので、考えてないものはめちゃくちゃ罵倒する。SFは可能性を秘めているが、SFファンは莫迦ばっかりでろくに世界文学も読んでないから新しい価値を理解できず、SFに革命的な変化が起きる確率は低いだろう(本書収録の「SFの構造分析」の結論を勝手に要約)みたいな嫌味もそこから導かれてくるわけで、まあ、たいへんなおっさんですわ。きみ、頭よすぎ。

 2005年はもう1冊、

 国書刊行会スタニスワフ・レム コレクション》からは、82年と79年にサンリオSF文庫で邦訳された2長篇をカップリングした『天の声・枯草熱』(深見弾吉上昭三沼野充義訳)★★★★☆が登場。『ソラリス』のエッセンスを蒸留したような『天の声』は、レム長篇の(もしくは"宇宙からのメッセージ"小説の)極北に位置するウルトラスーパーハードSF。群盲が象を撫でて無数の仮説を構築する話だが、相当じっくり読まないと面白さがわかりにくい。これに比べりゃ、『ディアスポラ』なんて綿アメですよ。

 2007年の冒頭もレム、

 原著刊行から20年、巨匠最後の長篇Fiaskoが《スタニスワフ・レム コレクション》からついに邦訳された。その名も『大失敗』(久山宏一/国書刊行会)★★★★☆。
 時は22世紀。タイタンの軌道上で建造された亜光速恒星間宇宙船エウリディケ号は、高度な文明の存在が探知された異星へと旅立つ。目的は人類初のファースト・コンタクト。だが、両文明の接触は災厄へと突き進んでゆく……。(中略)
 同じファースト・コンタクトものの初期3部作『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』と比べると、哲学的・科学的・政治的議論の比重がぐっと高まり、SFとしては(『天の声』級に)ウルトラハード。(後略)

 このほか、2007年に宇宙SFミステリ連作集『宇宙飛行士ピルクス物語』(ハヤカワ文庫)が、2009年に"痛快無比の宇宙版ほら男爵冒険譚"と謳われた連作短篇集『泰平ヨンの航星日記〔改訳版〕』(ハヤカワ文庫)★★★が出たことが簡単に紹介されている。
 レムと比較したとき、あの評価の高いグレッグ・イーガンへの大森の酷評も納得できるものである。てか、レムに比べれば誰だって……。



21世紀SF1000 (ハヤカワ文庫JA)

21世紀SF1000 (ハヤカワ文庫JA)