毎日新聞のコラム「好きなもの」

 毎日新聞の日曜日の書評ページに「好きなもの」というコラムがある。毎回著名人が自分の好きなもの3つを紹介している。最近では翻訳家の金原瑞人(11月18日)と俳人の宇多喜代子(11月25日)、画家の池田龍雄(12月2日)がおもしろかった。
 まず金原が、好きなものは「新しいもの」「古いもの」「ふたたび新しいもの」と言う。その最初の新しいものとは、

 たとえばクラシック音楽バルトークストラヴィンスキーはもうきかない。今はせめてジョン・ケージ以降。ナイマン、ライヒ、ペルトあたりが耳に快い。ジャズも、デレク・ベイリーのギターくらいまでぶっとんでくれるとうれしい。
 たとえば絵画。印象派の絵なんか10億円つけてやるといわれても断る。現代絵画が圧倒的に好きだ。それもまだ名前も知られていない若いアーティストのものがいい。だから海外にいくとなるべく小さなギャラリーに寄るようにしている。
 たとえば焼き物。(中略)

 クラシックが好きな義理の叔父がいて、バッハからマーラーまで聴くという。聴くことのないマーラー以降って、バルトークストラヴィンスキーなどだろうか。シェーンベルクなどもってのほかということか。ライヒやペルトが耳に快いのは確かだ。デル・トレディチなんてもっと快いけど。
 その2番目の古いものとは、骨董の酒器や古写真などだという。
 3番目がふたたび新しいもの、として

 新しい詩や短歌が好きだ。歌人なら穂村弘東直子、江戸雪、佐藤弓生などなど。詩人なら高橋杞一、蜂飼耳、斉藤倫、文月悠光、最果タヒ、『流跡』の朝吹真理子、『先端で、さすわ、さされるわ、そらええわ』や『水瓶』の川上未映子などなど。

 ついで俳人の宇多喜代子は、絵巻、緑茶、宝塚歌劇だという。その緑茶について、

2. 緑茶。気分で茶葉のいろいろを飲み分ける。玉露がいいにきまっているが、水さえよければそこそこの煎茶で十分。そんな茶としっとりしたカステラ。外出時にはひとつまみの茶葉を携帯して疲れたときなど数枚を舌上に載せる。いつしか口中に程よい茶の香が広がる。正真の茶飲み婆さんである。

 この「水さえよければそこそこの煎茶で十分」のそこそこってどんなものなのか。娘は、私たちのそこそこのレベルとはきっと違うよねえと言う。そういえば、野上弥生子のお手伝いさんが、野上の死後、先生はお茶の葉を3種類用意していて、お客さんによって使い分けていたと暴露した。そのことを昔カミさんに話すと、そんなこと当たり前じゃないと返されて驚いたことがあった。いや、驚いたのは我が身の不明を恥じてのことだったが。
 池田龍雄の好きなものは、「天文・物理の本」「高い所に登ること。建物ならば"塔"」「夢」の3つ。ジョージ・ガモフの『不思議の国のトムキンス』やフリッチョフ・カプラの『タオ自然学』、最近ではブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』の超ひも理論がおもしろかったという。
 昨年高橋アキのピアノリサイタルに行ったとき、池田さんが来ていた。その日のプログラムの中心はモートン・フェルドマンピアノ曲だった。延々80分も演奏される長い曲で、しかもほとんどピアニシモの音数の少ない地味な曲なのだが、そんなリサイタルを80歳をはるかに過ぎた池田さんが楽しんでいるようで、これまた驚いたのだった。金原さんもフェルドマンを楽しめるだろうか。