高階秀爾『日本の現代アートをみる』を読む

 高階秀爾『日本の現代アートをみる』(講談社)を読む。今年文化勲章を受章した美術評論家高階秀爾が日本の正に旬の現代アーティストを紹介している。本書は講談社のPR誌『本』の表紙を飾った美術作品とその解説をまとめたもの。平成18年1月号から平成20年6月号までの30回分が収録されている。
 取り上げられているアーティストたちの一部を紹介すると、会田誠福田美蘭山口晃小林孝亘、辰野登恵子、やなぎみわ草間彌生大岩オスカール幸男、三瀬夏之介、蜷川実花舟越桂、町田久美、森村泰昌、菅原健彦、横尾忠則等々、錚々たるメンバーだ。
 作家たちの選択がすばらしい。で、その解説も群を抜いている。何せ高階秀爾が書いているのだ。見事なものだ。作品はこう見る、こう読み解くという見本みたいなものだ。福田美蘭では『キューピーマヨネーズ』というタイトルの作品が紹介されている。


 明るい朱色に彩られた斜め格子状のパターンが左右に拡がる。いったいそれは、何を描いたものだろうか。奥に見える向こう側の世界とこちら側の世界を隔てる赤い竹矢来のようなものと言えばそのようにも見えるが、実際はこんな色の矢来などありそうにはない。空巣狙いを防ぐために、窓の外側にこのようなパターンの鉄格子をはめた家があるが、それにしては派手過ぎる。結局それは、現実世界とは無関係の、抽象的な幾何学模様としか言いようがない。
 だがそう思った途端に、実はそれが「キューピーマヨネーズ」を描いたものだと聞かされれば、誰でもいささかの戸惑いと驚きを覚えないわけにはいかない。(中略)しかしわれわれがその商品に対して抱いているイメージは、この画面とは大きく違う。その落差に驚かされる時、われわれはすでに福田美蘭の仕掛けた罠に捕らえられているのである。(中略)
 その奥の中央部のオレンジ・イエローの部分は、ポリエチレン製のボトルの一部である。その左右の赤い斑点は、外装に印刷された説明の文字にほかならない。すべて実際のものを忠実に写し出しているのだが、スケールが大きく変えられているため、まるで抽象模様のような印象を与える。視覚の不思議である。
 もともと福田美蘭は、「見る」ことに徹底的にこだわる作家である。画家自身、美術とは「既成のイメージや認識に対して問題を提起し、新しいものの見方や考え方を提案する一つの表現手段」だと語っている。そのために、思いがけない視点の導入や複数のイメージの重ね合わせなど、さまざまの卓抜な方法で常識的なものの見方に挑戦する。かつて、よく知られた名画の場面を、画中の人物の視点から描き出すという奇抜な試みさえ行った。スケールの巨大化もその手法の一つである。つまり彼女の作品は、色と形による新しい知的認識論にほかならないのである。

 ふうっ、長い引用になったが、高階は短い文章で作家を紹介しきるという姿勢だから、なかなか省けないのだ。
 文章が優れているのは、高階秀爾だから不思議はないのだが、こんなに旬のアーティストを集めることができたその選択眼の秘密は、高階が長くVOCA展の審査委員長をしているからだ。VOCA展は毎年全国の美術評論家学芸員が40歳以下の美術家を推薦し、その中から審査員たちが大賞などを選ぶ仕組みになっている。審査委員長である高階はいながらにして旬のアーティストの情報を知ることができるのだ。本書が優れた日本の現代アーティストのインデックスになっている所以だ。
 それにしては、平成20年7月から平成25年1月まで、『本』にはもう55回も連載が続いている。そろそろ続編が出版されてもいいのではないだろうか。もしかしたら、本書が意外に売れ行きが悪くて、編集部が続編の発行を躊躇しているのかもしれない。だとしたら、販売不振の一番の原因は凡庸なタイトルに違いない。『日本の現代アートをみる』なんて、印象に全然引っかからないじゃないか。
 私たちは続編の刊行を切望しているのだから、ぜひ。


日本の現代アートをみる

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