ミズヒキ〜赤まんま〜中野重治〜曹良奎


 近所の小さな植物園でミズヒキの花が咲いている。小さな小さな花だが、アップにしてみるとなかなかきれいだ。ミズヒキはタデ科の植物、花もイヌタデなんかの花に似ている。イヌタデ=犬蓼は子規も俳句に詠んでいる。


犬 蓼 の 花 く ふ 馬 や 茶 の 煙

 イヌタデは『広辞苑』によれば、

タデ科の1年草。山野に普通で、高さ約30cm。葉の基部に鞘状の托葉があって茎を囲む。夏から秋、葉腋及び頂端に紫紅色の小花が穂状をなす。アカマンマ。アカノマンマ。「犬蓼の花」は、秋の季語。


 イヌタデの写真


 あかまんまといえば、中野重治の詩を思い出す。中野重治「歌」全文。

  歌


おまえは歌うな
おまえは赤ままの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべての物憂げなものを撥(はじ)き去れ
すべての風情を擯斥(ひんせき)せよ
もっぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸元を突き上げて来るぎりぎりのところを歌え
たたかれることによって弾(は)ねかえる歌を
恥辱の底から勇気をくみ来る歌を
それらの歌々を
咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌い上げよ
それらの歌々を
行く行く人々の胸郭にたたきこめ


 中野重治の詩といえば、さらに「雨の降る品川駅」を思い出す。

辛(しん)よ さようなら
金よ さようなら
君らは雨の降る品川駅から乗車する


李よ さようなら
も一人の李よ さようなら
君らは君らの父母の国にかえる


君らの国の川はさむい冬に凍る
君らの叛逆する心はわかれの一瞬に凍る


海は夕ぐれのなかに海鳴りの声をたかめる
鳩は雨にぬれて車庫の屋根からまいおりる


君らは雨にぬれて君らを逐(お)う日本天皇をおもい出す
君らは雨にぬれて 髯 眼鏡 猫背の彼をおもい出す


ふりしぶく雨のなかに緑のシグナルはあがる
ふりしぶく雨のなかに君らの瞳はとがる


雨は敷石にそそぎ暗い海面におちかかる
雨は君らの熱い頬にきえる


君らのくろい影は改札口によぎる
君らの白いモスソは歩廊の闇にひるがえる


シグナルは色をかえる
君らは乗りこむ


君らは出発する
君らは去る


さようなら 辛
さようなら 金
さようなら 李
さようなら 女の李


行つてあのかたい 厚い なめらかな氷をたたきわれ
ながく堰かれていた水をしてほとばしらしめよ
日本プロレタリアートの後だて前だて
さようなら
報復の歓喜に泣きわらう日まで

 そうして画家の曹良奎も船で北朝鮮へ帰って行った。戦後迫害を逃れて韓国から小舟で脱出し、ようやく日本へ密入国した曹は、しかしそこで朝鮮人に対する差別に苦しめられた。そして希望を抱いて北へ向かったあの優れた画家曹は、そのまま北朝鮮のどこかへ消えてしまった。消えたのではないだろう。消されてしまったのだ。あの優れた画家良曹奎は。
 曹良奎は港の倉庫やマンホールなどを描いた。それらのほんの一部が日本に残されたが、ほとんどの作品は曹が北朝鮮へ持っていった。それらはもうどうなったか分からない。50年前に美術出版社から発行された『曹良奎画集』は古書店で現在5万円前後の値段が付いている。(Amazonでは100万円近いが)。

 上は曹良奎の「密閉せる倉庫」
 曹良奎については以前このブログで紹介した。
帰国して消息がつかめなくなった人々(2007年4月5日)


曹良奎画集 (1960年)

曹良奎画集 (1960年)