飯沢耕太郎『深読み! 日本写真の超名作100』(パイ インターナショナル)を読む。写真評論家の飯沢耕太郎が幕末から最近までの日本の写真家100人を選び、各1点を取り上げている。印象に残った7点の写真を年代順にここに引用する。
1904年に撮られた日露戦争の203高地のロシア兵の死体。写真家は大塚徳三郎。やはり事件の写真は強い。
有名な奈良原一高の1958年の写真。印象的なこのポーズはトラピスト修道院の修道士が沈黙の行を行っているところ。親指と人差し指で瞼を押さえるのは「夜」を意味しているという。
荒木経惟では1971年の新婚旅行の1コマが選ばれている。『センチメンタルな旅』という写真集の1コマだ。
須田一政の『風姿花伝』からは蛇の写真が選ばれている。1975年。
古屋誠一の撮った妻であるクリスティーネのポートレイト。1978年に静岡県の下伊豆で撮影された。彼女は1981年に息子を産んだあと、しだいに精神の変調を来し、1985年に東ベルリンのアパートから飛び降りて自殺する。古屋は繰り返し彼女の写真を編集し写真集を刊行する。
鬼海弘雄は浅草の浅草寺境内で30年以上道行く人のポートレイトを撮り続けているという。現在も筑摩書房のPR誌『ちくま』の表紙を飾っている。それがいつもちょっと変な人たちなのだ。
佐内正史のクジャクの写真。彼のデビュー写真集『生きている』から。この写真集は印象的だった。ありふれたものが写されているのに、それが何か深い意味がありそうで不思議だった。なぜか2冊目からは、そんな特権的な印象がなくなったけど。1997年。
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でもなぜ渡辺兼人がないのだろう。そういえば、篠山紀信も立木義浩も秋山庄太郎もない。そう言いながら、これは日本の写真家100人を提示したとても参考になる写真集だ。
ちょっとだけ不満を。本文がゴチックで読みにくい。本来、本文は日本では明朝体、中国では宋朝体が基本だった。読みやすいからだ。それが本文にゴチックを使うようになったのはパソコンのモニターの影響だろう。明朝体は縦線に比べて横線が細いので、特に初期のモニターでは読みづらかったのだ。それで縦横同じ太さのゴチックが選ばれたのだが、印刷ではやはり明朝体だろう。さらに文字も小さすぎる。写植で11級程度だ。これは活字の7.5ポイントであり、本文としては、せめて12級、8ポイントはほしいところだ。この本のデザイナーも30年後にはきっと後悔しているだろう。それから、題名が良くないなあ。
- 作者: 飯沢耕太郎
- 出版社/メーカー: パイインターナショナル
- 発売日: 2012/01/30
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