戦没画学生の絵について

 戦没画学生の絵について野見山暁治が語っている。NHKの取材で戦没画学生の遺族を訪ね、のちにそれらの絵を「無言館」に収蔵して展示することになる。『ユリイカ8月号 野見山暁治総特集』の対談より、

 だけど、(戦没画学生たちの絵は)絵として下手くそで、ちっとも良くないんです。あんな絵を残していたら恥だとさえ、最初は思っていました。つまり、技術的にもダメだし、画面の効果も何も、ハリがない絵なのです。ところが、5年、6年と歳月がたってみたら、あの絵は、良いんじゃないかという気がしてきた。何か忘れがたいものが逆に蘇ってきて。
 あの絵は、人に見せようと思って描いていないのですね。(後略)

 私も無言館へは一度だけ行ったことがある。戦没画学生たちの残された絵は感動的だった。恋人をモデルに裸婦を描いていたり、理想像の家族を描いたり、また未完成の絵だったり、さまざまだったが胸に強く響いてきた。
 その後無言館の作品が東京ステーションギャラリーに並べられたことがあった。以前無言館で見た作品を美術館で見たとき、かつて確かに感じられたオーラが消えてしまっていた。オーラが消えたそれらの絵は、若描きの下手なものに過ぎなかった。それらはつまり無言館で見ることが必要なのだった。無言館は単なる展示場ではなく、そこには戦没画学生の霊が集まっているのではないか。この場合の霊とは、むしろアニミズムの霊に近いかもしれない。万物にあまねく宿っているという霊に。