「ミステリーの書き方」を読んで

 日本推理作家協会 編著「ミステリーの書き方」(幻冬舎)を読む。現役のミステリー作家44人の具体的なアドバイス集だ。まえがきで、東野圭吾が「本書は日本推理作家協会に所属するプロの作家たちが、独自のノウハウを開陳したものです」と書いている。全体は5つの章に分かれ、「ミステリーとは」「ミステリーを書く前に」「ミステリーを書く」「ミステリーをより面白くする」「ミステリー作家として」の標題のもとにさまざまなアドバイスが並んでいる。さらに「ミステリー作家への質問」というコラムが設けられ、多くの会員に回答してもらったQ&Aが収められている。とても充実した入門書だ。
 まず、北方謙三中上健次評が印象に残った。

(北方が『明るい街へ』を書いていた初期の)同じころに中上健次が『岬』を発表するんだけど、観念がないんだよ。本当にない。でも文学に成りえてる。ごちゃごちゃと御託を書いて、でも観念的なものが何もないから、なぜか知らないけど生命のきらめきみたいな「真珠のひと粒」をつまみ出すわけ。これは素晴らしい、これこそ文学だって思った。俺は頭でごちゃごちゃ考えているんだけれども、どうしても真珠のひと粒が出てこない。小説というより文学をやるために生まれてきた人間っていうのがいて、それが中上なのかもしれないとそのとき思った。『岬』を読んでみたら、下手なのよ。改行も何もなくてズラズラ書いてて。俺は、あれよりはるかに洗練された文章を書けるよ。でも中上のように真珠をつまみ出すことはできないと思った。

 さて、さまざまな作家がお薦めの本を紹介している。トリックの仕掛け方について、綾辻行人大森望がインタビューしている中で、

 初心者向けの入門書としては、綾辻さんが編んだアンソロジー『贈る物語Mystery』(光文社文庫)も非常にいい本ですね。まえがきも作家紹介も各編解説も非常に丁寧で。

 折原一叙述トリックについて書く。

 私は叙述トリックの小説が大好きで、作家になる前はたくさんの作品を読んできた。
 影響を受けた作品は、まずB. S. バリンジャーの『歯と爪』とフレッド・カサックの『殺人交叉点』。今や叙述トリック作品の代表的な古典となっており、叙述トリックの基本を知りたい人にとっては必読ミステリーだ。簡潔なスタイルで、最後にそれまでの世界が180度反転するような驚愕の結末を持ってくるパターン。彼らはその重要なパイオニアである。

 逢坂剛は「どんでん返し−いかに読者を誤導するか」の中で、プロットの立て方に必要なものについて書いている。そして、

 プロットの作り方で、ひとりだけお薦めの作家をあげるなら、ハドリー・チェイス(『ミス・ブランディッシの蘭』『悪女イブ』)でしょう。スピーディでひねりがあり、サスペンスに満ちている。非常によく計算されたプロットで、かなり参考になるんじゃないかな。

 香納諒一は「書き続けていくための幾つかの心得」という標題の中で、長篇でも短篇でも必ず何カ所か筆の運びが遅くなる箇所というのがある、と書き、これが悩みのタネだったという。そして、

 しかし、この点について、大々先輩作家である河野多恵子先生の『小説の秘密をめぐる十二章』(文春文庫)という本を読み、目から鱗が落ちました。一言で申しますと、筆の運びが遅くなる箇所があるのは当然だ、ということですが、これでは何のことだかわからないと思いますので、知りたい方は是非この本を読んでください。小説執筆について考える時に、私自身は最近でもっとも感銘を受けた1冊です。

「ミステリー作家への質問」というコラムの「理想とする作品とその理由を教えてください」という質問に80人近い作家たちが回答している。その中から、

泡坂妻夫先生『煙の殺意』、連城三紀彦先生『戻り川心中』。ミステリの基本は短篇だと思っています。その意味で両作は、今でも大切なお手本です。〈北森鴻
島田荘司占星術殺人事件』。トリックのすばらしさと探偵の魅力の2点。昭和56年に発表された大胆で単純なこのトリックは、今でも世界ミステリ界の金字塔です。〈鯨統一郎

 同じコラムで「職業作家の大変さと楽しさは何ですか」の質問に61人が答えているが、その中の11人が「大変なこと」に収入の不安定をあげている。また「作家志望の方にアドバイスがありましたらお願いします」には117人の作家が回答しているが、否定的なアドバイスをしている作家が何人もいた。
朝松健「あまりもうかりません。生活基盤をしっかりさせてから作家になることをおすすめします」。
五十嵐貴久「1.基本、やめといた方がいいんじゃないかと……。2.それでも、とおっしゃるなら、頑張ってください。3.あと、正義を持っているといいと思います」。この「正義」は「正業」の誤植だろう。
大石英司「他に収入の術を確保してから作家になること」。
太田忠司「悪いことは言わないから、人生をもっと大切にしなさい」。
豊田有恒「作家では食べられない。なるべく兼業にしたほうがいい」。
馳星周「作家なんてなるものじゃありません。もっとまともな人生を求めなさい」。
東野圭吾「やめたほうがいい」。
 いや、なかなか面白かったし、とても参考になった。小さな文字で上下2段組み、それで460ページもある。定価1,890円だ。


ミステリーの書き方

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