キーファーの作品に添付されている植物の処理

 1992年に日本で初めてアンゼルム・キーファーの個展がフジテレビ・ギャラリーで開かれた。キーファーの作品にはときどきシダや藁、ヒマワリなど植物が添付されている。美術展を紹介する日曜日朝のフジテレビの番組にこのキーファー展が取り上げられて、美術評論家の篠田達美が解説した。作品に添付されている植物を見て、さすがキーファー、しっかり処理がしてあるというようなことを言った。どんな処理をしてあるのかとそれ以来疑問に思っていた。19年ぶりにそれが分かった。篠田達美「現代美術の感情」(美術出版社)に秀逸なキーファー論が収録されている。その一節、

 80年代になってキーファーがカンヴァスに付着させはじめた実際の物質、たとえば藁は、聖なる火によって灰となり、鉛は浄化され、砂は燃えずに残る。「イェルサレム」(86年)に固定されたスキーは鉄で作られているが、鉄は最古の文明の象徴となる。そして「土星の時」(86年)のシダは、古代からある植物の生命の力を意味するといった具合だ。ちなみにきわめて特徴的な藁のカンヴァスへの定着であるが、近づいて吟味してみると、細部の1本1本までがコーティングされていた。(後略)

 そうか、藁はコーティングされているのか。いや、この本は現代美術を紹介して他に並ぶものがないだろう。シュナーベル、サーレ、フィッシュル、バスキア、タンジー、キーファー、グレイブズ、辰野登恵子、橘田尚之、ハリー、ブレックナー、リキテンシュタインジャスパー・ジョーンズ、ローゼンクイスト、クリスト、カッツらが驚くべき明晰さで読み解かれている。篠田はこれらを1980年代後半に雑誌に書いているのだ。
 篠田達美については、東京都現代美術館の講演会で建畠晢と二人で対談したのを聞いた。それとフジテレビでのキーファー展の解説番組を見ただけだ。しかし、講演会での篠田の非凡さは建畠でさえ凡庸に見えたくらいだった。
 篠田は1996年東京国際フォーラムの準備中に突然脳幹出血で倒れ、闘病の後車椅子の生活になったらしい。もう一度現代美術評論の世界に戻ってくれることを切に願う。建畠晢との共著「モダンアート100年(1) 騒々しい静物たち」(新潮社 とんぼの本)も後編が未刊だ。現代美術を語らせて篠田以上の評論家はいなかったし、今後も現れることはないだろう。


現代美術の感情

現代美術の感情