藤岡靖洋「コルトレーン」が文句なくすばらしい!

 藤岡靖洋「コルトレーン」(岩波新書)を読む。副題が「ジャズの殉教者」。コルトレーンの来日公演から始まるが、言葉が弾んでいるかのようだ。著者の高まりが真っ直ぐに伝わってくる。コルトレーンへの深い愛情がよく分かる。コルトレーンの詳細な伝記が綴られるが、それが無味乾燥な事実の羅列ではなく、血の通ったものになっている。コルトレーンはジャズのサックスプレーヤーだから、その音楽についても詳しく語られる。読者はコルトレーンのどのアルバムを聴くべきかも教えられる。作曲され演奏される曲の解析も解説も、そしてコルトレーンの思想も。
 コルトレーンは1967年7月17日突然亡くなる。肝臓癌だった。具合が悪いと一人で病院へ行って翌日亡くなってしまった。

 1967年7月21日、レキシントン街54丁目のセント・ピータース・ルセラン教会において、葬儀が執りおこなわれた。フィラデルフィア時代の親友キャルヴィン・マッシーが『至上の愛』パートIVの詩「A Love Supreme」を朗読した。ドン(トランペット)とアルバート(テナーサックス)のアイラー兄弟率いるカルテットが演奏した。"ラヴ・クライ/トゥルース・イズ・マーチング・イン/アワ・プレイヤー"、親友オーネット・コールマン率いるカルテットが演奏した"ホリディ・フォー・グレイヴヤード"が追悼曲となった。アルバート・アイラーは、悲しみのあまり二度も演奏を中断し、激しく慟哭した。

 読者は著者の語りに引き込まれてほとんどコルトレーンに寄り添っていることに気づくだろう。葬儀に参加して一緒にアルバート・アイラーの演奏を聴いている。アイラーの激しい慟哭が眼前にある。藤岡靖洋の文章が巧いのか、いや、そうではない、藤岡の心情が強く伝わってくるからだ。
 新書という小著に何という濃密な情報が詰め込まれているのか。著者はおそらくこの何倍ものエピソードを入手していて、それらを斬り捨てたのだろう。今後、日本人によるこれ以上のコルトレーンの評伝は望むべくもないだろう。いや、本書があれば誰も他の評伝を望むとは思えない。
 思えば、私の好きなジャズの演奏家セロニアス・モンクコルトレーンだった。久しぶりに本当に優れた伝記を読むことができた。


コルトレーン――ジャズの殉教者 (岩波新書)

コルトレーン――ジャズの殉教者 (岩波新書)