佐多稲子「灰色の午後」を読んで

 佐多稲子「灰色の午後」(講談社文芸文庫)を読んだ。裏表紙の惹句から、

突然に出現した女の存在に崩壊し出した作家夫婦の危機。反動化し戦争に向う困難な時代に、共に立ち向かうはずの折江の夫が、逆に女で家を出ようとする。
取り乱し、媚び、たじろぐ女としての自己の崩れを見据える作家佐多稲子の文学世界の最高の達成点。

 佐多稲子の「夏の栞」や「時に佇つ」はきわめて優れた小説だ。どちらもブログに取り上げたことがある。佐多は心理の微細な襞を見事に描きこむ力がある。「灰色の午後」でもそれは変わらない。「佐多稲子の文学世界の最高の達成点」という評価に反論するつもりはない。
 佐多はいつも自分が関係した世界を書いている。「灰色の午後」は佐多稲子と夫の窪川鶴次郎の夫婦の危機を描いたもので、登場人物はみな別名だが、窪川が浮気をする相手は作家の田村俊子だし、そのことを相談する女友達は宮本百合子だ。岡田嘉子とともにソ連へ亡命した演出家の杉本良吉も友人として登場する。
 主人公が佐多稲子と思いながら読んでしまうので、何だか覗き見しているような居心地の悪さを感じてしまう。これが創作された話だったら面白く読めるのだろうが、どうしても純粋に楽しむことができない。そういう点で「夏の栞」や「時に佇つ」と印象が全く違うのだ。
 夫婦の男女に関係するシーンも読むのがつらいし、かと言ってここは構成上外すことができない重要な場面なのだ。そんなわけで、私にとって読みなおしたいとはとても思えない作品だった。
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佐多稲子「時に佇つ」は名作だ(2011年2月20日
佐多稲子「夏の栞」(2007年1月3日)


灰色の午後 (講談社文芸文庫)

灰色の午後 (講談社文芸文庫)