私がもてた話

 少し知っている女性画家から小さなヴァレンタインのチョコレートが送られてきた。娘に見せると、父さん、その女の人に気があると思っちゃいけないよという。そんなこと思わないよ。父さん、もてないから誤解するんじゃないかって教えてあげたんだよ。
 娘の言うとおりほとんどもてたことがなかった。ただ、それでも2回だけもてたことがあった。残念ながらどちらも相手は男だったけど。20代の時は取引先の広報担当の課長だった。応接室ではソファの隣へ来て座り、私のももに触ってきた。ぼくは君が好きなんだよと冗談のように言われたが、それ以上のことはなかった。私も課長との間に鞄を置いて自衛した。待たされている時、当時発行されたばかりの生松敬三と木田元の「理性の運命」(中公新書)を読んでいたら、そんな本を読むなんてぼくの影響だねと言われた。いや、その人から教わったのは別のことだった。その会社の広報誌の編集を請け負っていたが、著者ごとに原稿や写真などを封筒に入れて管理していた。封筒の表に著者の名前を敬称抜きで書いていたのを注意された。どんなきっかけで封筒に書かれた名前を著者本人が見ることになるかもしれない。呼び捨てにされていると知ったら不愉快に思うだろう。どんな時も名前には敬称を付けなさいと。以来35年間その忠告を忘れたことはない。
 もう一人の男性は50代で出会った。私より数歳年下の取引先の部長だった。部長の担当する広告の仕事は無条件ですべて発注してくれた。ももを触られることもなかったが、好意はよく分かった。
 別れたカミさんも言っていた。あんたは昔から女にはもてないけど男にはもてたわね。カミさんの言うのは、私に男の友人が多くいるって意味だけど。今は娘と二人、それに猫2匹と仲良く暮らしている。これ以上何を望むことがあるだろうか。