1997年の直木賞は浅田次郎の「鉄道員」と篠田節子の「女たちのジハード」が選ばれた。井上ひさしがその選評を書いている。「井上ひさし全選評」(白水社)より
「鉄道員(ぽっぽや)」には八つの短編が収められているが、うち四つは大傑作であり、のこる四つは大愚作である。大傑作群に共通しているのは、「死者が顕れて生者に語りかける」という趣向で、この趣向で書くときの作者の力量は空恐ろしいほどだ。たとえば「角筈にて」を読まれよ。これなどは、近年、稀な名品ではないか。この一編で、大愚作群の欠損は充分に埋められたと信じる。
それで「鉄道員(ぽっぽや)」(集英社文庫)を読んでみた。裏表紙の惹句によると単行本で150万部も売れたらしい。紛れもなくベストセラーだ。
さてその読後感だが、冒頭の短編「鉄道員(ぽっぽや)」を読んでいた時、通勤電車の中でありながら活字が曇って読めないことがあった。映画にもなって評判をとったのがよく分かる。「角筈にて」も「うらぼんえ」も井上の指摘する大傑作群に入るのだろう。もう一編が何かは分からなかった。たしかに強く感情を刺激されたことは間違いない。だが、と思う。こんな風に死者=幽霊を登場させて解決を図るのは安易だという気がする。そんなものを使わないで、同等の結果を書くべきだと思う。私も感情を動かされたが、浅田の鋤は深いところまでは達していないだろう。
幽霊を使ってはいけないというのではない。井上ひさしの戯曲「父と暮らせば」は原爆投下後の広島が舞台で、生き残った娘が亡くなった父の幽霊と暮らすという物語で、これは幽霊でなければ成立しない話だ。
井上の言う大傑作群というのが、実はセンチメンタル群なのだ。大愚作群はそのとおりなのだが。井上は直木賞受賞者にエールを送っているのだろう。とことんやさしい人なのだ。
浅田次郎のことを、金井美恵子が自衛隊出身者の顔をしていると揶揄していた。いや、丸谷才一がむかし朝日新聞の文芸時評でその文体を絶賛した野呂邦暢も自衛隊出身者だったのだ。自衛隊出身者が一律の顔をしているわけではない。40年近く前、丸谷のその時評を読んで野呂邦暢を読み始めたのだったが、野呂は大成する前に亡くなってしまった。
浅田に対して少しきつい物言いをしてしまったが、このような作風だからこそベストセラーが書けるのだろう。私の好きな金井美恵子には縁遠い話だ。
- 作者: 浅田次郎
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