チェーホフの「かもめ」

 先日あった読書会でチェーホフの「かもめ」がテキストとして使われたが、おおかたの感想はつまらないとか読みづらいというものだった。最近池袋の劇場で「かもめ」を見たという人が芝居は面白かったと言われた。
 私も高校生の時、友人に勧められて清水邦夫の戯曲「狂人なおもて往生をとぐ」を読んだが少しも面白くなかった。同じ作家の一幕劇「署名人」(未来社)も買って読んだが面白さが分からなかった。同じ頃チェーホフの短篇と4大劇も読んだ。「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」どれも面白さが分からなかった。チェーホフは短篇に尽きると思った。
 22歳くらいから当時で言うアングラ芝居を見始めた。佐藤信率いる演劇集団68/71、現在の黒テントを追いかけた。それから何年も経ってチェーホフの芝居を舞台でぽつぽつと見た。どれもすばらしかった。
 その頃、のちにカミさんとなる女友達と一緒に芝居を見た。彼女は高校時代に演劇部に属していて芝居の見方をいろいろ教わった。その一つに、戯曲を読むときは舞台を想像しながら読まないといけないと言うのがあった。戯曲は台詞とト書きしか書かれていない。小説の豊かな叙述と全く異なり、戯曲は役者と演出家によって舞台にかけられることで初めて作品として完成する。戯曲は設計図でしかないのだ。
 チェーホフの舞台を見て初めてチェーホフの芝居が優れていることが分かったのだった。一度その舞台を見れば、私のような鈍い読者にも戯曲から芝居が見えてくる。普通の読者が戯曲から面白さを味わうことが難しいのは当然なのだった。
 清水邦夫の「署名人」は数年前、彼の主催する木冬社の舞台で見ることができた。処女作でいっぺんに劇作家としての評価を得た清水邦夫の才能がよく分かった舞台だった。
 手許にある清水邦夫「署名人」(未来社)の装丁はきわめて地味で並製本、定価は80円だ。「氏名」と印刷された四角い枠があり、所有者の名前を書くようになっている。読むことを目的とした書籍というよりも、役者たちが各自台本として使うことを想定した体裁なのだろう。


かもめ (岩波文庫)

かもめ (岩波文庫)