傑作「卵をめぐる祖父の戦争」の面白さ!

 デイヴィッド・ベニオフの「卵をめぐる祖父の戦争」(ハヤカワポケットミステリ)は第1級のエンターテインメント作品だ。作者と同姓同名の作家が祖父から、第2次大戦中のソ連レニングラードのドイツ軍との攻防戦を語ってもらうという趣向。全般おじいちゃんの「わしは〜」という語りで進められる。作者はあとがきで2冊の参考資料をあげている。

 ハリソン・ソールズベリーの名著「攻防900日−−包囲されたレニングラード」(早川書房)は現在でも、レニングラード包囲戦について英語で書かれた最もすばらしい書だ。本書を書いているあいだも、いつもぼくのそばにいて助けてくれた。大祖国戦争中のピーテル(レニングラード)とその住民たちの様子についてさらに詳しく知りたい読者には、ぜひお勧めしたい。また、クルツィオ・マラパルテの一風変わった傑作「壊れたヨーロッパ」(晶文社)にも同じように助けられた。

 つまり描かれた悲惨な内容はほとんど真実なのだ。とはいえ、おじいちゃんが語る戦争の話という体裁だから、一種ほら話となるのは必然だ。少年の頃レニングラード攻防戦のただ中にいたおじいちゃん=主人公と、相棒の破天荒に楽天的で強い脱走兵が、ドイツ軍の占領地まで危険を冒して卵1ダースを探しに行く。いや、読売新聞8月29日に掲載された北上次郎の書評が的確な紹介になっているのでその一部(ほとんど)を引用する。

 祖父の回顧譚として語られる背景は、第2次世界大戦のレニングラード攻防戦である。17歳のレフは、パラシュートで落ちてきたドイツ兵の死体の所持品を漁っているとソ連軍につかまってしまう。すると秘密警察の大佐のもとに連れていかれ、卵を1ダース、1週間以内に探してくることを命じられる。娘の結婚式でケーキを作るための卵が足りないというのだ。ドイツ包囲下のレニングラードに卵はないと部下は言うが、泥棒なら何とかしろと大佐は言う。
 脱走兵としてつかまっていたコーリャとともに、パルチザンと合流したり、ナチスドイツにつかまったり、レフの不思議な冒険がこうして始まっていく。戦争の悲惨な面もリアルに描かれるが、卵を探す旅を通して戦争を描くという趣向が群を抜いている。

 とにかく細部が充実している。悲惨だったり、おかしかったり、猥雑だったり、小説を読む醍醐味がここにある。訳者のあとがきからも引用する。

本書の一番の読みどころは言うまでもない。笑いとペーソスだ。戦争という極限状況にあって軽妙に交わされるレフとコーリャのやりとり。そして、短い時間の中で一気に育まれるふたりの友情とレフの淡い初恋、下ネタ満載のこの若手コンビの掛け合い漫才には大いに笑い、(後略)

 久しぶりに満足した読書だった。新生ポケミスは狭義のミステリーではなく、幅広いエンターテインメントを収録する方針のようだ。本書はその後者の方だから、「このミステリーがすごい」の対象にはならないかもしれない。もし対象になるのならベスト3以内に選ばれなければ絶対嘘だ。


卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1838)