毎日新聞のコラム「この人・この3冊」で湯川豊が小川洋子のベスト3冊を選んでいる(8月1日)。湯川豊は筒井康隆の「文学のレッスン」でインタビューアーを勤めた文芸評論家、文学の読みでは確かな人だ。湯川は小川洋子の次の3冊を選んだ。
1.ミーナの行進(小川洋子著/中公文庫/720円)
2.沈黙博物館(小川洋子著/ちくま文庫/714円)
3.夕暮れの給食室と南のプール(小川洋子著/『妊娠カレンダー』所収/文春文庫/440円)
おお、「博士の愛した数式」が入っていないんだ。小川洋子では「博士の〜」だけ読んだことがある。良い小説だと思ったが、もっと良いものが3冊もあるのか! このうち「沈黙博物館」に関する湯川の推薦文を引く。
小川さんの物語のほとんどが、人間のなかの欠損とか欠落からみちびき出される。(中略)
人間の死。(中略)先の欠損とともに死が物語をみちびいている小川文学を代表するのが『沈黙博物館』。村びとが死ぬたびに形見を奪いとってきて「博物館」をつくろうとする老婆と少女。その仕事にやとわれることになる博物館技師が山間の小駅に下りたつ。そういう童話的設定が、話の展開とともに強固な存在感をもっていく。シロイワバイソンの毛皮を着た沈黙の修道士たちが、たしかに小川ワールドの縁辺を支えている。
これは読んでみなければ。で、その読後感である。上質な大人のファンタジーであった。物語は不思議な展開を見せる。連続殺人が行われるが、犯人は途中でたいていの読者が見当がつくだろう。警察が捜査をして主人公が疑われるがそれ以上迫ってこない。何度も兄に宛てて出した手紙は宛先不明で戻ってきてしまう。途中で村から出ようとするが駅まで行っても汽車が来る気配がない。村は孤立しているのか? そうこうしているうちについに沈黙博物館が完成する。
殺人事件が起こるが事件の解決が真剣に求められているのでもなさそうだ。身近な殺人犯が分かっても主人公たちに葛藤がない。村の孤立や不通になった鉄道について主人公以外に誰も疑問を持たないようだ。これらが本書をファンタジーとする理由だ。実はファンタジーにはあまり興味がない。しかし、最も不満だったのはこれがファンタジーであったことではなく、文体だった。透明に近い水のような文体なのだ(父さん、水じゃなくて清涼飲料水だと思うよ、これは娘の弁)。意味を伝えるだけのつまらない文章とも違うが、文章が単層的で重層的な深みがない。だからすらすら読めてしまう。この400ページ近い文庫本を1日ちょっとで読んでしまった。
- 作者: 小川洋子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2004/06/10
- メディア: 文庫
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