「伊丹万作エッセイ集」を読む

 大江健三郎編「伊丹万作エッセイ集」(ちくま学芸文庫)を読む。伊丹万作は戦前の映画監督で大江には義父にあたり、伊丹十三の父である。内容はもっぱら映画制作に関するものが多い。しかし「戦争責任者の問題」と題するエッセイは厳しく鋭い。
 さて本書全体の約3分の1を占めるのが「シナリオ時評」だ。昭和16年4月から昭和17年5月までの戦前の映画シナリオを取り上げて批評している。これはわれわれにとって、見たこともない映画、読んだこともないシナリオの批評を読むということになる。いや無意味というのではない。著者の姿勢が分かるからだ。このときわれわれはポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの架空の本の書評集「完全な真空」(国書刊行会)や実在しない未来の本の序文集「虚数」(国書刊行会)を思い出す。
 もっとも、知らない作家だけではない。無名の頃の黒澤明のシナリオも取り上げられているのだ。

 大分悪口を述べたが、しかしこの作者(黒澤明)の持ち前の才華は大いに珍重すべきものと思う。ことにそのよき意味における職人的「うまさ」にいたっては今のシナリオ界において最も欠乏を告げているところのものであるから、才に走りすぎる点さえ注意すればおそらくこの人の前途は洋々たるものであろう。

 さすが巨匠の天分をきちんと見抜いている。

伊丹万作エッセイ集 (ちくま学芸文庫)

伊丹万作エッセイ集 (ちくま学芸文庫)

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)

虚数 (文学の冒険シリーズ)

虚数 (文学の冒険シリーズ)