美術作品が古びること

 湯川豊が聞き手になって丸谷才一が語った「文学のレッスン」(新潮社)が面白かったことは以前ここに書いた(id:mmpolo:20100730)。本書の「批評」についての章から……。

湯川豊  日本のこの分野、文学史的批評の代表というと……。
丸谷才一  まず頭に浮かぶのは、山本健吉『古典と現代文学』。エリオットの「伝統と個人の才能」に啓発され、その前に折口信夫に基本的なことを教わっていたわけですから、この二つでできたものなんですね。僕は日本文学総論で最高のものはこの『古典と現代文学』じゃないかと思っているんですが、みんながちっとも褒めないというか、読まないというか、ちょっと不思議なんだな。題が悪いのかしらね。
湯川  うーん、手にとってみたいというタイトルではないかもしれません。
丸谷  もう一冊、山崎正和『不機嫌の時代』。これまた名著です。古典日本文学を論じては『古典と現代文学』、近代日本文学を論じては『不機嫌の時代』、これが二大名著じゃないかと思いますね。
(中略)
湯川  さっき僕がいいかけた日本での文学史的批評の代表は、やっぱり丸谷才一『日本文学史早わかり』をあげたいということでした。ただ題名については、賛否いろいろあるのですが(笑)。
丸谷  大野晋先生はこの題が気に入らなくて、本を物置に隠して目に触れないようにした(笑)。
湯川  これは日本文学史の組み替えであり、まったく新しい視点からそれが行なわれているのが衝撃的です。日本には二十一代の勅撰集があるわけですが、それを八代集と十三代集に分けて文学史の時代分けの基準にしたんですね。日本文学史の時代区分は、藤岡作太郎や風巻景次郎などがさんざん苦労して考えたのですが、やはり政権の推移による政治史的区分から逃れられなかった。それを勅撰集という尺度で一気にひっくり返し、しかもその区分が日本文学の特質をあざやかに反映させていて、実に批評的快感がありました。

 そこまで絶賛されているのでこの『日本文学史早わかり』を読んでみた。今は講談社文芸文庫から出ているが、私は図書館から単行本を借りた。本書では「日本文学史早わかり」が半ば近くを占めるが、そのほかに日本文学に関するエッセイが数点収録されていてどれも面白かった。ただ表紙のデザインがいかにも古い感じがした。奥付を見ると初版が1978年となっている。ざっと30年前だ。デザインが古くさいと書いたが、色彩が古くさく感じられたのだ。表紙の作者を見てみると、何とサム・フランシスだった! 画商のTさんによれば、60年代、70年代の彼は輝いていたという。私もビッグ・ネームの一人という印象を持っていた。それが2006年に東京都現代美術館の常設で見たサム・フランシスはスカスカだった。この本の表紙もただ古いだけの抽象作品だ。30年で古ぼける作品とは何なのだろう。

日本文学史早わかり (講談社文芸文庫)

日本文学史早わかり (講談社文芸文庫)

文学のレッスン

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