きわめてユニークな写真家・森岡純写真展

 森岡純写真展がアスクエア神田ギャラリーで開かれている(13日まで)。
 森岡純は1949年島根県隠岐島生まれ。個展は30年ほど前に駒井画廊でやり、ついで神田の田村画廊で2回やって、その後10年ほど発表をしなかった。20年ほど前から銀座のギャラリー檜で毎年6月に個展を行っている。







 私はもう10年近く森岡の写真展を見ているが、森岡の写真がよく分からなかった。森岡は風景をモノクロ写真で撮っている。それはいつも何だかありふれた街の一角だ。被写体は平凡なものが多く、なぜこれらを撮るのか分からなかった。
 それが最近になってやっと少しだけ分かってきた気がした。森岡の写真には普通どんな写真にもあるメッセージがないのだ。写真はふつう報道の写真を典型として、メッセージを持っている。風景写真でも、きれいな風景を見せたいとか、絵画的なそれとか、仰天する自然を見せるとか、写真が何か伝えるべきものを志向している。ポートレートやヌードだってそれは変わらない。ところが森岡の写真にはメッセージがないのだ。
 メッセージがないからといって、写真がつまらないわけではない。そこには不思議な存在感があるのだ。このような写真家は他にいないだろう。渡辺兼人だって、無人の街角に意味があるのだから。
 個展会場で森岡と話した。ふだんの仕事は画家の作品を撮影しているという。30年前に個展をした田村画廊で、展示された作品の撮影をしていた。当時の田村画廊は「もの派」の作家の拠点だったのではないか。もの派の作家たち、高山登などの作品を撮っていたという。そのとき、彼らからずいぶん指導を受けた。
 そうだったのか! 森岡の写真は「もの派」の色濃い影響を受けた写真だったのだ。類似した写真家がいないはずだった。しかし、森岡の写真は見る側にとってとても難しい。20年間発表してきたのに、大きく取り上げられたことがないのがそれを証している。私だけでなく、みんなが分からなかったのだ。写真のセオリーを逸脱した写真だから。
 森岡と他の写真家についても話した。アラーキーは下手な写真家だが、見ていると涙が出てくる。そういうものを持っているのだろう。しかし、アラーキーの花の写真はいただけない。花の写真で優れているのは秋山庄太郎だ。人は秋山なんてと言うけれど、あれはすごい。機会があったら見てごらんなさい。
 森岡純は毎年6月にギャラリー檜で個展をしている。森岡の使うカメラはプラウベルという中型のカメラだ。それを手持ちで撮っている。三脚を用意すると、撮ろうと思った感興が逃げてしまう。現像もプリントも自宅で自分でしている。作品の大きさはロールの印画紙の幅が作品の短辺だ。そんな大きな現像液を入れるバットはない。印画紙を丸めて現像・定着を行っている。それもすごい技術だが、それだけに現像液の温度管理も大変だという。だからここ20年間のギャラリー檜での個展は、気温が適当な6月なのだ。
 森岡純、ひとつの流派、ひとつのスクール、ひとつのユニークな写真を提示した優れた写真家だ。写真に興味があったら、ぜひ見てほしい。


森岡純写真展
2010年8月6日(金)〜13日(金)、月曜休廊
12:00〜19:00


アスクエア神田ギャラリー
東京都千代田区神田錦町1-8 伊藤ビル4階
電話03-3219-7373
http://asquare.jp
地下鉄淡路町、小川町、新お茶の水駅から、それぞれ2、3分