狩野博幸「若冲」は若冲に関するとても良い入門書だ、加えて佐藤康宏の若冲のニセモノ論

 狩野博幸若冲」(角川文庫)は若冲に関するとても良い入門書だ。若冲の伝記はおおむねこれに網羅されていると言っていいだろう。加えて代表的な作品を解説し、若冲の見どころが分かるようになっている。特に「若冲畢生の花鳥画シリーズというより、日本絵画の至宝と位置づけるべき『動植綵絵』」について詳しく書かれている。この至宝たる「動植綵絵」は長く相国寺に伝わってきたが、明治の廃仏毀釈で寺が疲弊し、宮内省に献上された。寺はその見返りに1万円の下附金を受けとったという。それを昭和天皇が国に寄贈し、それらはまとめて三の丸尚蔵館に収蔵されている。時に展示されることもあるがひっそりとしたもので、宮内庁は本音では観客に三の丸尚蔵館へきてほしくないのではないかと勘ぐってしまう。
 しかし若冲というのはつくづく優れた画家だと思う。

 さて、若冲に関してちょうど雑誌「UP」にも佐藤康宏のエッセイが2度ほど掲載された。「日本美術史不案内」という連載で、2月号には、プライス・コレクションの「鳥獣花木図」は若冲の真筆ではないと指摘したことの顛末を書いている。

 東京国立博物館で『若冲と江戸絵画』と題するプライス・コレクションの展覧会が開かれた2006年、特別展の物品販売所の担当者は、わざわざ電話をかけてきて、私の著書『もっと知りたい伊藤若冲』(東京美術、2006年)を売場には置かないと宣言した。同書は「鳥獣花木図」を若冲の作ではないと断言しているので、プライス氏の考えとは異なる。買う人が判断に迷うから排除するのだという。実際、若冲関連の本のうちこれだけは売場になかった。
 最近はまた、将来企画されているらしい若冲展の関係者から電話をもらった。私を企画委員に加えるとプライス氏の機嫌を損ねてほかの作品も出品されなくなるのが心配だから、展覧会のスタッフに私を入れない、というのが彼の結論だった。

 下の絵が佐藤が若冲の真筆ではないという「鳥獣花木図」の右隻。

 ついで「UP」7月号にも、横尾忠則朝日新聞に「若冲のある有名な作品が本人の作ではないのではという議論が起きているらしい。そんなことどちらでもいいように思う。それがもしニセ物だとしても作品事態〔原文のママ〕には何の変化も起こらない。ぼくは毎日自分のニセ作を描いている」と書いたことに対して、再度佐藤康宏が反論している。

 1960年代末、横尾さんは状況劇場天井桟敷などのために実にすばらしいポスターを作り続けました。仮に後世のだれかがそれをまねて、形はだらしなくゆるみ、配色はただはでなだけでセンスのないものをこしらえたとします。そのできの悪い模倣作が展覧会や出版物に繰り返し登場し、まるでそれこそが横尾忠則の傑作のように扱われたらどうでしょうか。少なくとも私はそういう事態を許しません。

 佐藤の主張に分があるように思われる。