田毎の月の謎

 信州姥捨の田毎の月が有名だ。何十枚だか何百枚だかある小さな棚田に月が映るのを愛でる話だ。長い間疑問に思ってきたことがある。田毎の月というのは、見る者が移動するにつけ、月が次々と映る田を変えていくのか、あるいは一挙に何十枚の田に月が映るのか。後者であるはずがないと思いながらも強く否定できないでいた。微妙に異なる田の標高によって同時に複数の月が映るのかもしれない。その疑問に結論が出た。
 先週、銀座6丁目のギャラリーミリュウで藤井美加子日本画展を見た。渓谷の中の滝や、新潟の棚田などの風景を描いている。その中に海沿いの夜の棚田を描いたものがあった。遠い海には漁り火が光っている。棚田の水面も光っているのは、おそらく月が出ているのだろう。周囲の田と比べて中央の田の水面が強く光っている。その中央の田の少し向こうに田があれば、そこに月が映っているだろう。これが答えだった。
 月は1枚の田にだけ映っているだろう。人が位置を変えるに従って月は次々と別の田の表に移っていくのだ。これが田毎の月の姿だった。


藤井美加子