「ぼくらの頭脳の鍛え方」が面白い・3

 立花隆佐藤優の「ぼくらの頭脳の鍛え方」(文春新書)はすごく有益だ。二人が勧める「必読の教養書」のリストが400冊もあって、とても読み切れない。読書予定のリストがどんどん膨れ上がってしまう。
 二人の対談から。

佐藤  ……だから(私は)いい小説読みではないのですが、ちょっと前の『蟹工船』ブームには異議ありです。プロレタリア文学というならば、小林多喜二より、葉山嘉樹です。『蟹工船』はプロットが葉山の『海に生くる人々』(岩波文庫)のパクリなんですよ。今だったら盗用問題になって訴訟になっているかもしれない。『蟹工船』は近代文学以前の政治的プロパガンダ文章の類で、作品としてはとんでもないものだと思う。読書リテラシーが落ちているからこんなものが売れるんですよ。プロレタリア文学ならば同じ葉山の『セメント樽の中の手紙』(角川文庫)や『淫売婦』(『セメント樽〜』に収録)を読むとプロレタリア文学の面白さと功利性がわかります。私は結果として労働問題をカリカチュア化してしまう蟹工船ブームを怒っています。


佐藤  ロシアでKGBの幹部に言われたことがあるんです。「東ドイツチェコスロバキアの秘密警察は怖い」と。なぜかというと、KGBの伝統とゲシュタポの伝統の両方が入っているからなんです。ロシアのKGBには、案外スカスカで、抜けたところがあるが、あのゲシュタポの緻密さと、KGBの野蛮さ、その両方が合わさっているから、東ドイツチェコスロバキアの秘密警察は怖い、というわけです。

 佐藤優選・文庫&新書100冊から

『外国語上達法』 千野栄一 岩波新書
 外国語上達法に関する傑作中の傑作。語学を習得するために覚えなくてはならないことはたった二つしかない。それは、文法と語彙であるという単純な原則について、説得力がある説明をしている。千野氏はチェコ語の専門家であり、チェコ的知性を知るための参考書としてもお勧め。

 千野栄一田中克彦とともに私が尊敬する言語学者の1人だ。二人はチェコ語モンゴル語という辺境の言語を専門としているために、広く言語一般が見えるのだと思う。
「周辺からは世界が見える」(2006年11月12日)


 佐藤優選・書斎の本棚から100冊より

『人間の運命』 ショーロホフ 角川文庫
 主人公ソコロフはドイツ軍の捕虜になる。ナチス・ドイツの収容所から脱走し、帰還するが、そこで知るのは家族の死だった。戦後、トラックの運転手をしながらすさんだ生活を送っていたが、酒場のそばに現れる孤児を引き取る。ソビエト愛国文学のような体裁で、国家や政府に頼ることはできず、信用できるのは具体的な人間だけだというロシア人の人生観をよくあらわしている。

 これについて佐藤は、

佐藤  これは本当によい作品です。スターリン批判の年に書かれました。ドイツで捕虜になった経験がある兵士が孤児を拾って育てる。彼らと川で船を待っていたコミッサール(人民委員)が会話を交わすんですが、ソルジェーニツィンより面白いですね。当時、ドイツの捕虜になった人は一人残らず強制収容所に入れられました。この小説は、強制収容所のことは一言も触れないで、強制収容所に送られたことがわかるようになっているんです。

 友人の1人がショーロホフが大好きで、人事課長をしていた時に、就職面接の席で、愛読書がショーロホフだと言った学生は即座に採用を決めていたと言っていた。
 私も一度読んでみよう。

ぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)

ぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

人間の運命 (角川文庫)

人間の運命 (角川文庫)