吉川英治記念館の作間敏宏展

 奥多摩青梅市で「第7回アートプログラム青梅」が開かれている(11月23日まで)。青梅市内の各地で牛島達治、斎藤美奈子、戸谷成雄、母袋俊也、吉野辰海などベテラン作家12名に加えて、多摩美武蔵美、造形大、明星大の4大学の学生も加わって、「空間の身振り」というアートフェスティバルが開かれている。
 私はこれらの中で吉川英治記念館で開かれている作間敏宏展のみ見に行った。中央線〜青梅線で終点の青梅に行き、そこで20分ほど待って奥多摩行きに乗り換える。4つめの二俣尾駅で降りたが、他に降りた乗客は一人だけだった。駅は無人SUICAを処理する機械が置いてあるだけ。駅前も何もなかった。

 駅から吉川英治記念館までは約1.5キロ、徒歩15分。途中多摩川をまたぐ奥多摩橋を渡る。谷が深くとても高い橋だ。

橋から見た上流

橋から見た下流

 吉川英治記念館は入場料500円。休日のせいか結構大勢の入場者がいた。吉川英治の母屋は立派だった。戦時中この古い農家へ疎開して来た。外から見えるだけで10畳間が3室、6畳間が1室、囲炉裏を切った和室、応接用の和室、ほかに2室があるようだ。見落としてしまったが別棟で書斎もある。母屋の奥に谷口吉郎の設計による記念館がある。
 作間敏宏展「colony」の最初の展示は母屋の横、記念館へゆるやかに登る坂道の左手の芝生に設置されている約300個の風車だ。色とりどりの風車が、この日は風がなく、動かないでいた。

 もう一つの展示は記念館の中にあった。展示室の奥に短い通路があり、そこに置かれたショーケースの中に本が拡げられている。そして1ページに一人の名前が書かれている。名前はときに横線が添えられ、それは死者なのだろう。

 扉を開けて奥の部屋に入るとブラインドが下ろされてほの暗い部屋の中央に立派な机が置かれている。やはり机の上には1冊の開いた本が置かれ、1ページに一人の名前が書かれている。正面の壁際に背の低い本棚があり、机の上の本と同じ装丁の本がぎっしりと並べられている。そのほんのどのページにも一人ずつの名前が書かれているのだろう。



 展覧会のタイトルのcolony、その訳は移民団、植民地、同一種生物の群集といろいろあるが、(人間の)群衆が近いのではないか。1個1個がばらばらに離れて回り続ける、または動くことなく孤立している風車、しかし同一場所にかたまってもいる。あるいは本のページに記された名前、名前の集積、本棚のすべての本の名前を数えれば何万人にもなるのだろう。そのように集積されしかもばらばらな個人というコロニー。
 主たる展示室では国民作家吉川英治に関する様々な品物が並べられていた。書もあったが、美術と違って文学は展示に向かないので見ていて歯がゆい思いがする。文学は小説や詩などの作品の中にしかないのだ。
 せっかく来た吉川英治記念館だが、吉川英治その人には興味がないので豚に真珠だった。もっとも高校生の頃に「宮本武蔵」を読んで感激したことがあったけど。「宮本武蔵」のラストは今でも憶えている。

波のまにまに雑魚は歌い雑魚は踊る
けれど誰か知ろう
百尺下の水の心を
水の深さを

 図書館に寄ったついでに「宮本武蔵」の末尾に当たってみると、違っていた! 正しい文章を次に書く。

 波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚(ざこ)は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。

 記念館を出て吉野街道へ降りると土産物店があり、土地で採れた農産物を売っている。原木で作ったなめこと鷹の爪、それにわさび漬けを買ったけど、わずか820円だった。