老人と赤マムシドリンク

 公共住宅の修繕の相談係をしていたことがある。独居老人が亡くなった住宅の調査に行った。老人(男性)は亡くなって数日して発見された。子供がなく、姪御さんが部屋の後かたづけをしていったという。しかし、ほとんどの家具がそのまま残されていた。布団も敷きっぱなしで、焼き魚がテーブルの皿に載ったままだ。片づけたって何を持っていったのか。おそらく金目のものだけだろう。残されたものはすべて産業廃棄物として処分される。処分代は遺族の負担になるのだが。
 強く印象に残ったものが二つあった。クローゼットに残されていた大量のおしゃれな洋服と、玄関に置かれていた何ダースもの赤マムシドリンクだった。二つを並べると何やら弁証法的な関係が見えてくる。
 この孤独死した老人から連想したのは永井荷風と私の弟だった。弟も独身で、もし私より長生きしたら私の娘たる彼の姪が家の後かたづけをするのだろうか。金目のものだけ持っていって、あとは産業廃棄物にされるのか。もっとも私の方が長生きをしても状況はあまり変わらないかもしれないが。
 いや、死んだ後はどうされたっていいじゃないか。