毎日新聞2009年9月6日の書評ページが吉田秀和特集だ、嬉しい! 今月23日が吉田秀和の96回目! の誕生日で、それを記念した特集。まず「この人・この3冊」で丸谷才一が吉田秀和の著書3冊を選んでいる。
「モーツァルト」(講談社学術文庫)
「モーツァルトをきく」(ちくま文庫)
「名曲三〇〇選」(ちくま文庫)
無理矢理に選んだのです。音楽関係の本だけでも目移りして迷うに迷うし、美術批評、文芸批評、都市論や文明論も入れたかった。
吉田さんに「音楽批評とは……」という短い文章があります。「よくわかって、おもしろくて、内容の充実した音楽批評を書いた人として、E. T. A. ホフマンとボードレールとニーチェをあげている。彼らの書いたものこそ音楽批評の古典的傑作だった、としている。
小説家と詩人と哲学者です。この三人の音楽批評に共通する特徴は、「第一に、どれも名文であり、読んで最高におもしろく、退屈しないこと。第二に読んだあと私たちの音楽の聴き方について変化が起こることです」。
これはまったくその通り、などと、ホフマンの音楽批評など読んだことのないわたしが言えるのは、自分が吉田さんの音楽批評を読んで感じることがまさしくそうだから。
しかしもう一つあるのじゃないか。音楽を聴いて感じ、思ったけれど、どうしてもうまくまとまらなかった感想が上手に表現されているのをその批評に見る。見て感心する。この三人はそれをやっているのじゃないかと、これはわたしが吉田さんの批評で何度も体験したことなので、自信たっぷりに言える。
つまり吉田さんは教えてくれる。しかしさらに語りあうことができる。教師にしてかつ友達と言ってもよい。そういう親しめる存在。
同じ特集で湯川豊は丸谷才一が推薦する「モーツァルトをきく」について、紹介している。
ちくま文庫版「モーツァルトをきく」は、吉田秀和氏の著作の中でも今いちばん入手しやすい1冊だろう。ただし既存の単行本を文庫化したのではなく、オリジナル編集で去年8月に刊行された。モーツァルトのディスクについての新旧さまざまな批評が集められ、交響曲から歌劇まで項目別にきれいに整理されている。
モーツァルト・ディスク大全ともいうべき、490ページ以上ある分厚い本の冒頭に、「モーツァルトとは誰か?」という、06年に書かれたエッセイが置かれている。そこで吉田氏は、クラシック音楽についての根源的な問いかけを行なっている。「一つの永遠に変わらぬモーツァルトが本当にいるのか? そうではなくて、モーツァルトは常に創造的に変っているのではないか」と。
青臭い音楽談義ではない。90歳を超えた吉田氏が、モーツァルトに事寄せて、演奏とは何か、それを聴く音楽体験とは何なのかと、なお問いつづけているのである。あっけにとられるほどの、みずみずしい精神の動きである。
新聞書評には珍しく、この文章も150行ある。引用したのは冒頭の一部分だ。そして同じ分量で堀江敏幸も吉田秀和について、深い敬意をもって語る。
繰り返そう。吉田秀和は音楽評論家である。しかし、音楽をめぐる言葉の切り出し方は、他の分野にも応用されるのだ。(中略)
私見によれば、音楽評論でつちかわれた感性と技量が、もっともあざやかに統合されたのは、「調和の幻想」「トゥールーズ=ロートレック」(いずれも「吉田秀和全集」17)、「セザンヌ物語」(ちくま文庫)とつづく、1980年代の三部作である。
丸谷才一の紹介する吉田秀和の「音楽批評とは……」は「吉田秀和全集」第12巻(白水社)に収録されている。わずか4ページの短い文章だ。そのボードレールについて、
そのボードレールは音楽論としては、ただ一つ「パリにおけるタンホイザー」を書いただけだが、これは当時ヴァーグナーを理解する用意のまったくできていなかったパリで、ヴァーグナーの楽劇のもつ独自性と次代を完全に支配するにいたる巨大な影響力を秘めた新しく妖しい美しさを、正確に直感し、言葉に捉えたものだった。
そうして歴史はまさに、この19世紀末から20世紀初めにかけてのフランス芸術の栄光の基になった印象派絵画と象徴派文学が二つともヴァーグナーの圧倒的影響なしにはありえなかったことを証明したけれど、この点からみても、ボードレールのヴァーグナー論はまさしく音楽評論として傑作だというだけでなく、音楽を対象としたからこそ、次代の正確な予言者で、その輝かしい旗手でもある批評的作品になったわけである。
さらにこの毎日新聞の特集は「好きなもの」というコラムで、エッセイストの平松洋子に、植物園とお揚げとともに、吉田秀和の「私の好きな曲」(ちくま文庫)が好きだと答えさせている。
私もいつか吉田秀和全集を揃えたいものだ。
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