苦労知らずの2代目社長

 K化学は戦前農民組合から始まって、戦後日本で一番大きな農薬専業メーカーになった。一代でたたき上げた創業社長のM氏はワンマンでもあったが苦労人でもあった。ある時部下の課長を連れてアメリカへ出張した。ホテルに投宿すると自分の財布を課長に渡して、経費はすべてこれで支払うように言った。
 創業社長が亡くなってのち息子が跡を継いだ。銀か何かのスプーンを口にくわえて生まれてきた息子だ。新しい社長も同じ課長を連れてアメリカへ出張した。財布を預けるなんて粋なことはしないで、食費から何からかかった費用をすべて課長に払わせた。食費なんて経費で会社へ請求できないだろ、全部俺が負担したんだぜ、嫌になっちゃうよ、全く。
 課長の愚痴を聞かされたが、大いに同情したことだった。