ジョン・ル・カレ「寒い国から帰ってきたスパイ」(ハヤカワ文庫)を読む。30年振りの再読だが内容はほとんど忘れていた。しかし文句なく傑作であることは再確認した。本書はル・カレの3作目で、評者によっては代表作とする意見もあるが、ル・カレの最高傑作は何と言っても「パーフェクト・スパイ」と、スマイリー3部作と称される「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」「スクールボーイ閣下」「スマイリーと仲間たち」とするのが妥当だろう。
ル・カレの特徴は細部の豊かさだ。それが優れたストーリーを下支えしている。若い頃一時イギリスの情報部で働いていたというが、それにしても細部のリアリティには舌を巻く。30年前も読んで印象に残った部分。裏切ったとされるスパイを訊問する場面。
「率直に説明させてもらおう。知ってのとおり、内通者を訊問する場合、ふたつの段階が考えられる。そしてきみの場合、第一の段階はほとんど完了した。われわれが納得し、記録に残せるかぎりのことを、だいたいにおいて話してくれた。だが、きみの国の諜報機関が、ピンと紙ばさみのどちらをえらぶかとなると、ひとことも触れようとしなかった。もちろん、こちらから質問しなかったこともあるが、きみもまた、すすんでしゃべるまでのことはないと考えたにちがいない。つまり、双方の側に、無意識のうちの選択があったのだな。しかし、ここ1ヵ月か2ヵ月のうちに、そのピンと紙ばさみについての知識が、突然、絶対的に必要になる可能性がある。リーマス、これはわれわれにとっての大きな問題で、通常、第二の段階であきらかにされるところなんだ。そしてその説明を、オランダできみに求め、取引を申し込んだところ、あっさり拒絶された」
仕事でホチキスとクリップを使うとき、このシーンを思い出していた。
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