勧められて話題の青木新門「納棺夫日記」(文春文庫)を読んだ。読んでみたらなかなか面白かった。とは言え、死者・死体に真向かう仕事で恐ろしいばかりの体験もしている。一人暮らしの老人が死んで、何カ月も誰も気づかなかったことがあり、その時の納棺では……
目の錯覚のせいか、少し盛り上がった布団が動いたような気がした。それよりも、部屋の中に豆をばらまいたように見える白いものが気になった。
よく見ると、蛆(うじ)だと分かった。蛆が布団の中から出てきて、部屋中に広がり、廊下まで這いだしている。
背中がぞくっとした。横にいた若い警察官に、どうします? と言ったら、どうしよう、という顔をした。なんとかして、お棺に入れてくれという。パトカーの無線を使って、箒とちり取りとビニール製の納体袋などを届けるよう会社へ連絡してもらった。
とにかく蛆をなんとかしないと近づけない。
まず玄関から廊下にかけての蛆を箒で寄せてはちり取りで取った。布団の横へお棺を置ける状態にするまで1時間ほどかかった。
お棺を置き、布団をはぐった瞬間、一瞬ぞっとした。後ろにいた警察官は顔をそむけ後退りし、箒を届けに来た男などは、家の外まで飛び出していった。
無数の蛆が肋骨の中で波打つように蠢(うごめ)いていたのである。
たくさんの死を見てきて、この人は死に冷静に向き合っていることが分かる。
毎日毎日、死者ばかり見ていると、死者は静かで美しく見えてくる。
それに反して、死を恐れ、恐る恐る覗き込む生者たちの醜悪さばかりが気になるようになってきた。驚き、恐れ、悲しみ、憂い、怒り、などが錯綜するどろどろとした生者の視線が、湯灌をしていると背中に感じられるのである。
さて、「文庫版のためのあとがき」を読んで少し驚いた。「こんな有難い導きを賜った文春文庫の今村淳氏には、何かと多大な労をおかけしてしまった。心からお礼を申し上げたい。」とある。今村淳といえば、永沢光雄の「AV女優」の編集者ではないか。亡くなった今村淳こそは名伯楽だった。以前、その永沢光雄が亡くなったとき、今村淳についても書いたことがあった。

- 作者: 青木新門
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