一昨日紹介した早坂暁「公園通りの猫たち」には、人を救助した猫のエピソードが語られている。猫って想像以上に賢いのかもしれない。
ある日、ブーツ(という名前の猫)が珍しく、私の足もとにぶつかってくる。ブーツは、これまたホルモン異常のせいか、鳴きはするけれどほとんど声が出ないのだ。/「アッ、アッ、アッ!」/しきりに鳴いては、私の足にぶつかってくる。じゃれるのではなく、ドン、ドンと、まん丸い体をぶつけてくるのだ。/「おかしいな……」/見つめていると、ブーツは歩きだした。/「ついて来い……か」/と私は合点した。私がブーツのあとを歩きだすと、どんどんスピードをあげる。間違いなく、「ついて来い」なのだ。
ブーツは公園通りを西へ下りてゆく。/右手にはNHKの放送センターが聳えている。/坂道を下りきると、赤信号をかまわず、道を渡る。猫は信号が判らない。私は手を上げて、かまわずブーツのあとをたどった。/ブーツは老朽の木造アパートへ入って行く。いや、入って行ったのではない。アパートのすぐ脇にある大きな松の木にのぼった。枝から、2階の出窓に跳び移った。/「アッ! アッ! アッ!」/と、下にいる私に向って声とも思えぬ声をあげている。
「何かある……」/それも、ブーツのいる窓の部屋で何かあるのだ。/私は木造アパートの中へ駆け込んだ。下から目星をつけた部屋は、ドアがあかない。新聞が2、3部突っ込まれたままになっている。それが、かえって私の不安をかき立てた。急いで下におりてアパートの管理人を捜した。隣の家の人が管理人だった。
「変? 変とは何がですか」/「いえ。あの部屋は、どなたがいるのですか」/「××さんです」/75歳の老人独りだという。/「あけてくれませんか」/「ご親戚?」/「いいえ」/これではラチがあかないので、/「知人です」/ブーツをはさんでの知人である。/しぶしぶ管理人が鍵をあけた。なんと75歳の老人が窓辺で倒れていたのだ。死んでいるのではない。目はかすかに開いており、手にはパンの耳を持っている。パン屑にはチーズがまぶしてあった。/すぐに救急車が呼ばれた。老人は病院に運ばれて、脳卒中の死をまぬがれたのである。
著者は脚本家で小説家だ。話しの運びがうまいと思う。続編の「嫁ぐ猫」はちょっとダレ気味だったけど。