以前、韓国の哲学者李奎浩著「言葉の力」(成甲書房)を読んだ。ずいぶん昔の事で、何やらはっきりしない本だという印象しかないが、1点だけ奇妙な訳語を覚えている。繰り返し現れる「形体心理学」という言葉だった。おそらくドイツ語のゲシュタルトが韓国では「形体」の意のハングル語に訳されていて、それを訳者が日本語の「形体」と訳したのだろう。そもそもゲシュタルト心理学という概念を知っていれば間違えるはずがないし、カタカナ言葉を厭うのであれば「形態心理学」と訳すべきだろう。
だいたい、哲学を訳すのに哲学の言葉を知らなくては正確に訳すことはできないのではないか。形体心理学という日本語がゲシュタルト心理学という言葉と結びつくことはありえないのだから。
訳者がどんな経歴の人物か分からないが、おそらくハングル語には詳しいが哲学には疎い人物なのではあるまいか。しかしこれは出版社の編集者もその責めを負うべきでもあるだろう。翻訳には専門用語の知識が不可欠なのだ。