『ティファニーで朝食を』の原作と映画

ティファニーで朝食を』といえば、たいていの人がオードリー・ヘップバーンの映画を思い浮かべるだろう。小説『ティファニーで朝食を』の訳者村上春樹はそのあとがきでこう書いている。

 映画は原作とはけっこう違った話にはなっているものの、なかなか小粋なラブ・コメディに仕上がっていて、商業的にも圧倒的な成功を収めた。おかげで今となっては、本を読む前に既に映画を観ているという人が多く、主人公ホリー・ゴライトリーについ、オードリー・ヘップバーンの顔が重ねられてしまうことになる。これは小説にとってはいささか迷惑なことであるかもしれない。というのは、作者トルーマン・カポーティは明らかに、ホリー・ゴライトリーをオードリー・ヘップバーンのような女性としては設定していないからだ。カポーティはヘップバーンが映画に主演すると聞いて、少なからず不快感を表したと伝えられている。おそらくホリーの持っている型破りの奔放さや、性的開放性、潔いいかがわしさみたいなところが、この女優には本来備わっていないと思ったのだろう。

 カポーティはホリーにマリリン・モンローを考えていたと言う。原作におけるホリーの性格は、次の台詞で明らかだ。(村上春樹の訳より)

「でもなんといっても彼は、私が妊娠していることを知っているの。実はそういうことなのよ、ダーリン。もう6週間もないんだもの。どうしてそんなに驚くわけ? 私なんかちっとも驚かなかったわよ。少しも驚かなかった。嬉しかったわ。少なくとも9人は子供がほしいな。そのうちの何人かは肌の色が黒いと思うんだ。ホセには少し黒人が混じっていることにはあなただって気がついていたでしょう? 私はちっともかまわないわ。黒んぼの子がきらきらしたきれいな緑の目をしていたら、そりゃ最高にかわいいもの。
 ねえ、笑わないでほしいんだけど、私ね、心底こう思っているんだ。彼のために、ホセのために、私がまっさらな処女だったらよかったのになって。とはいっても、私はそんなにたくさんの相手をしてきたわけじゃないのよ。一部の根性の悪いやつらが言いたてるみたいにはね。まあそう言われても仕方ないってところはたしかにあるわよ。いろいろと派手なことを言いふらしてきたから。でもね、実際のところは、このあいだの晩に勘定してみたんだけど、恋人にした男は全部で11人しかいなかったわ。13歳より前のことは別よ。だってそんなのは数に入れられないじゃない。だから11人。なのにどうして、商売女みたいな言い方をされなくちゃならないわけ? マグ・ワイルドウッドを見てごらんなさいよ。あるいはハニー・タッカーとか、ローズ・エレン・ウォードとかを。あの人たち、1回やるたびにぽんと手を打っていたら、今頃はすさまじい大拍手になっていたはずよ。もちろん私は体を売りものにしているからいけないとか言っているんじゃない。ただね、そういう女たちはあるいは正直な言葉を口にするかもしれないけれど、心根はちっとも正直じゃないんだ。私が言いたいのはね、男たちとセックスをして、金を搾り取っておいて、それでいて相手のことを好きにもならないなんて、少なくとも好きだと思おうともしないなんて、道にはずれた話だってことよ。私にはそういうのはできっこないわ。ベニー・シャクレットを筆頭とする、ろくでもないネズミ野郎に対してだってよ。あいつらの胸クソ悪い下品さにもそれなりの魅力があると考えるためには、ほとんど自分に催眠術をかけなくちゃならなかったよ。まったくのところ、ドクを別にすれば(あなたがドクを数に入れたければの話だけど)、ホセは私が生まれて初めて巡り会った、まっとうなロマンスの相手なのよ」

 モンローの演じる『ティファニーで朝食を』が観たかったのは私ばかりではないだろう。

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