「ハチはなぜ大量死したのか」を読んで

ハチはなぜ大量死したのか

ハチはなぜ大量死したのか

 ローワン・ジェイコブセン「ハチはなぜ大量死したのか」(文藝春秋)を読む。アメリカの大きな養蜂業者のミツバチが突然大量に姿を消した。巣箱には蜂蜜がたっぷり残っているのにミツバチの姿が見えない。死骸もないのだ。いったい何が起こったのか。2007年春までに北半球のアメリカやヨーロッパのミツバチの4分の1が消えてしまった。CCD(蜂群崩壊症候群)と名づけられた現象だ。その謎を探っていく。
 最初に寄生ダニが疑われた。ミツバチに寄生するミツバチヘギイタダニだ。ヘギイタダニはミツバチの幼虫に寄生して体液を吸う。アメリカでは1987年に確認されてから10年以内にアメリカの商業養蜂家の4分の1を廃業させたという。だが結局このダニはCCDの犯人ではなかった。ダニを駆除するために巣箱に入れられた殺ダニ剤も疑われたが、CCDの原因とみなすことはできなかった。
 ついで、遺伝子組み換え作物が犯人候補とされる。モンサント社の遺伝子組み換えトウモロコシにはBt(バチルス・チューリンジェンシス)菌が組み込まれている。トウモロコシの花粉に含まれるこの毒素がミツバチを殺しているのではないか。しかしBt菌が効果を発揮するのは鱗翅目昆虫なのだ。この説も説得力を持たなかった。
 ではウイルスではないか。イスラエル急性麻痺病ウイルスが疑われた。たしかにミツバチの重要な病気の原因ではあるようだが、これもCCDの発生を説明できなかった。
 研究者たちは新しい農薬を疑った。バイエル社の新しいネオニコチノイド系殺虫剤イミダクロプリド(商品名アドマイヤー)だ。農作物に散布すると茎葉から吸収移行する浸透性殺虫剤だ。作物の体内に行き渡り、これを摂食した害虫が死んでしまう。タバコに含まれるニコチンを研究して開発された殺虫剤だ。だがたしかイミダクロプリドはミツバチに活性が低かったし、バイエル社の主張するとおり花粉や蜂蜜に残留するイミダクロプリドの量はわずかであるに違いない。ここでもCCDの決定的な証拠は見つけられなかった。
 最近ミツバチはカリフォルニア州のアーモンド栽培に必須となっている。3,000平方kmのアーモンド畑の授粉がミツバチに求められている。そのため長距離をトラックで運ばれ、過密な状態で吸蜜活動を強いられている。そのストレスではないのか。
 あるいは複合汚染ではないのか。さまざまなストレスが重なってCCDが発生したのではないか。これも決定的な証拠がそろえられない。
 結局確実な答えは得られなかった。問題は全く解決していない。植物はミツバチなど花粉媒介昆虫に非常に大きく依存しているのだ。深刻な問題だ。そのことがよく分かるルポルタージュだった。
 ただ、不満も多々あった。本書を読み始めてまもなく私は著者の略歴を確認した。やはり研究者ではなく、ジャーナリストだった。書き方がセンセーショナルで、しばしば不正確なのだ。オーバーな表現も眼につく。多すぎる擬人化も気になった。雄しべと雌しべをオスとメスと書くのも気に入らないし、自家受粉を近親相姦などと書くのは不愉快だった。中央致死薬量はふつう半数致死量とか半数致死濃度と言うし、ダニを殺すのは殺虫剤ではなくて殺ダニ剤だ。昆虫を殺す殺虫剤はダニには効かないのだ。
 同じ内容をもっと禁欲的な冷静な研究者が書いたもので読みたいと思う。ついでに書けば、現代社会の問題のほとんどが実は人口過多が根本的な原因だと思う。もし地球の人口が現在の1/100だったら多くの問題が解決してしまうだろう。地球は人類の重さでもうすっかり歪んでしまっている。太古、地球環境が悪化して嫌気性生物が死滅し、代わって好気性生物(われわれだ)が繁栄しはじめたように、いずれ破壊された地球環境に適した全く新しい生物が登場するに違いない。