志賀直哉の評伝を読む運転手

 以前20年間ほどバイク通勤をしていた。墨田区内の自宅から秋葉原の会社まで5.5km、バイクなら通勤時間が10分だった。残業が多い職場で、退社が午後8時や9時は普通、一番忙しかったときは3か月以上午前0時前は退社しないと自分で決めたくらいだった。だがバイクなら午前0時退社でも0時10分には帰宅ができる。無茶苦茶過労というほどではなかった。
 たまに自転車でも通勤してみた。自転車の片道25分は電車通勤の片道35分より早かった。ただ朝の蔵前橋通りを走るのは快適だったが、夜が嫌だった。暗い車道は車がこわいので、狭い歩道を走った。障害物が多くスピードがだせない。車道では、バイクで走っているとき軽く抜き去ってやった原チャリがあんなに早かったかと思うくらいにすっ飛んで行く。私のバイクはホンダVTZ250だったから、原チャリなんてそれこそ自転車に毛が生えたようなものだったのに。
 一度だけ徒歩通勤した。会社から歩いて帰ってみた。記録を出そうとできるだけ早く歩いた。55分だった。途中の数カ所の信号がなければ50分の記録は可能だっただろう。時速6.5km! 帰宅して倒れこんだらカミさんがひと言、バカ。
 バイクで通勤していた頃、赤信号で止まった際、弁当を配達している軽トラックが隣りに並んだ。運転手が信号待ちのその僅かな時間で読書していた。当時発行されたばかりの岩波新書本多秋五の「志賀直哉」だった。ちょっと感動した。あれからもう18年もたつのに、その時止まった交差点もトラックに書かれた弁当屋の名前も読書する運転手の姿勢もいまだにくっきりと覚えている。一瞬だけ見た40歳前後と見られる運転手の人づきあいが良さそうとは見えない雰囲気も。