草野心平「大白道」を柴田南雄が作曲した

 9月26日に上野の文化会館小ホールで「柴田南雄没後12年メモリアルコンサート 後期の室内楽と合唱曲ーー柴田南雄の遺したこと」が開かれた。プログラムは、
・4つのインヴェンションと4つのドウーブル
  ピアノ:中嶋香
・声とコントラバスのための五つの歌曲
  バリトン:谷篤  コントラバス:柴田乙雄
・歌仙一巻「狂句こがらしの」ーーバイオリン ピアノ二重奏のための
  ヴァイオリン:山田百子  ピアノ:高橋悠治
・合唱曲「無限曠野」
  指揮:田中信昭  東京混声合唱


 谷篤をはじめいずれも良かったが圧巻は最後の合唱曲だった。その中でも草野心平作詞「大白道」はシアターピースを取り入れていて、すばらしかった。曲の最後、男声合唱団だけが舞台を降りて朗読しながら客席を歩いていく。女性合唱団は舞台で歌い続けている。一列になって客席の中の通路を通りながら朗読している男性たちの声が、次々と近づき去っていく。舞台では女性たちが歌っている。すばらしい体験だった。そして草野心平の詩が良かった。草野はこの詩を終戦前年に雑誌に発表しているという。草野心平を読み直してみよう。

   「無限曠野」


歩いてゐる。
歩いてゐる。
音なくしはぶきひとつなく。
歩いてゐる。
何千人か何万人かわからないが。
歩いてゐる。
音なくしはぶきひとつなく。
歩いてゐる。
天のおくがの大白道を。


血のりのついたまんまの顔や。
顔から上のないものや。
足×本や。
弾痕のある鉄兜。
銃をもつものや銃をもつ×のないものも。
音なく。
声なく。
×眼だけしかないものも。
しづかにほほゑみ。
歩いてゐる。
夜にはひれば夜はくらく。
あしたになれば天はあかるく。
青いおくがにひとすぢ白く。
無限の天の大白道を。
しずかにふらふら。
歩いてゐる。
もう疲れることもなく。
眠ることも飲むことも。
飯盒もいらなく。
しづかにほほゑみ。
あの瞬間の無念さも。
あの瞬間の地団駄も。
あの瞬間の。天皇陛下万歳も。
すべてとほくにかすんで消え。
日本(ニッポン)の無数の将兵たちが。
しづかにほほゑみ。
歩いてゐる。
あぁ突如。
遠くかすかに。
闇の向こうに。
小さな小さな蛍の光
それがだんだん大きくなり。
横に流れて。
まぶしい光の棒になり。
いままで無言の一列の。
その先頭に。
日の丸の旗さっとたち。
そのまま光の棒のなかに呑まれてゆく。
はらからの名に書かれてる。
日の丸次々にさっとたち。
足だけの音。
×のない者は。
旗もなく。そのまま。
まぶしい光に呑まれてゆく。
天の岩戸に呑まれてゆく。
(伏せ字は作曲者の指示による)

 柴田純子のテキストに、

「大白道」は終戦前年の雑誌「亜細亜」に発表された。詩人は「無限の天の大白道に」戦死した将兵たちの行進を幻視する。終曲のテキストを定めるとき、柴田はいくつかの候補の中から迷わずに「大白道」を選んだ。その時には、病院で仰臥したまま曲を仕上げることになるとは夢にも思わなかっただろう。戦争を知らない世代が、この曲から「戦いの空しさへの怒り」を受け継いでくれるように願ってやまない。

 戦時中にこの詩が発表できたのだ!