Amazonで河合省三「日本原色カイガラムシ図鑑」の中古本が298,000円で売られている。もうびっくりした。私もきれいな本を1冊持っている。何しろ27年前に私が編集した図鑑なのだ。当時の定価が4,000円、まだ消費税はなかった。印刷部数が4,000部、それを20年かけて売った。カイガラムシの図鑑なんて買いたい人が少ないのだ。
品切れになったのに増刷しなかったのは、紙型がなかったからだ。紙型(しけい)というのは活字を組んだ組版を保管のために紙の凹版にするもの。増刷のときに紙型に鉛を流し込んで凸版を起こした。なぜ紙型を残さなかったのか。大日本印刷の担当者が手配してなかったためだ。そのことが分かったのは、発行して10年もたったころだった。
初版の4,000部を売り切るのに20年もかかったように、そんなに売れる図鑑ではない。何しろカイガラムシなのだ。当時日本で報告されていた400種類が記載されている。図鑑としての評価は高かった。カイガラムシの図鑑でこれだけきちんとまとめられた本は世界でも少ないだろう。
数年前、当時勤めていた出版社に突然見知らぬお客さんが来て、入口に展示してあったカイガラムシ図鑑を掴み、これを下さいと言った。韓国から買いに来たという。将来の改訂版発行のために取ってあるので「売れません」と言って、神田の鳥海書房を紹介したが、もうその古本屋には行ってきたという。このように、カイガラムシの研究者には垂涎の書だろうとは思っていたが、この値段には驚いた。
出版して10年経った頃、印税の残りを払ってくださいと経営者に相談すると、払ってないのはお前の先生ばかりじゃないのだと言われた。カイガラムシ図鑑の印税の半分ほどが未払いだったと思う。ようやく完売する頃、印税を払ってくださいと言うと、200部は破棄したことにしろと言われた。つまり未払いの印税のうち8万円をごまかせと言うわけだ。先生には正確な販売数を報告してあるのでそれはできませんと答えると苦い顔をされた。その経営者は日常的に印税をごまかしている人だった。
河合先生は執筆当時東京都農業試験場の研究者だったが、カイガラムシ研究の成果が評価されて農学博士になり、東京農業大学に助教授として迎えられた。数年前定年退職されたが、カイガラムシ研究者を何人育てられましたかとの私の問いに2人ですと答えられた。最近は全国の巨木を訪ねる旅をしているという。