飯田市への旅

 中央高速バスで飯田市へ行った。バスの中ではビールを飲んで寝ているか起きていれば本を読んでいるが、たまに車窓に目を向けることがある。遠く近くの樹林の中に色彩が浮かび上がっている。白いのはウワミズザクラか、紫色の桐や藤の花、高速道路の土手にはノイバラ、ウツギの仲間も咲いている。樹林の中に溶け込んでいる個々の木々が年に一度だけ旬日姿を現わしている。

 用事を済ませた後久しぶりに飯田市内を歩いた。山本弘の旧宅のあたり、しばしば絵のモチーフになった水神の碑がある。昔は大きな堤の畔にあったが、堤は埋め立てられてしまった。

 見知らぬお宅の玄関脇にカンアオイが植えられていたので撮らせてもらった。

 友人の墓参りをした。正永寺には樹齢400年の枝垂れ桜がある。何だか大野一雄を思わせる。ほかにも飯田市内には桜の老樹が多い。

 飯田市民は菱田春草が自慢で美術館もそのために作った。その春草生誕の地の看板は飯田市らしくたいそう控え目だ。


 日夏耿之介は晩年は出身の飯田市へ帰り愛宕山に奥さんと二人で住んでいた。全国の詩人たちが詩集を献呈していたらしく、市内の南湖書林という古書店に献辞付きの詩集が並んでいた。有名なりんご並木には日夏耿之介の碑もある。市民は誰も読めないのではないか。かく言う私も読めないので、「テクニカルライターK」さんのブログからコピーさせてもらう。
http://kunio.sblo.jp/article/9120246.html

あはれ 夢まぐはしき密咒を誦すてふ
邪神のような黄老は逝つた
「秋」のことく「幸福」のことく「来し方」のことく

 ついでこれも日夏耿之介の碑の傍にある岸田國士の碑。

  飯田の町に寄す


飯田 美しき町
山ちかく水にのぞみ
空あかろく風にほやかなる町


飯田 静かなる町
人みな言葉やはらかに
物音ちまたにたゝず
蕭然として古城の如く丘にたつ町


飯田 ゆかしき町
家々みな奥深きものをつゝみ
ひとびと礼にあつく
軒さび甍ふり
壁しろじろと小鳥の影をうつす町


飯田 ゆたかなる町
財に貧富あれども
身に貴賤ありとおぼえず
一什一器かりそめになく
老若男女みなそれぞれの詩と哲学とをもつ町


飯田 天龍と赤石の娘
おんみさかしくみめよく育ちたれど
いま新しき時代に生きんとす
よそほひはかたちにあらず


美しく 静かに
ゆかしく 豊かに
おんみの心をこそ新しくよそほひたまへ

 岸田國士は戦時中飯田市疎開していた。この詩は飯田についてちょっとだけ褒めすぎだけど、良い町であることに嘘はない。活司の墓もあるし原和も眠っている。山本弘も生涯この地に住んでいたし、友人たちが今も住んでいる。