片山杜秀「近代日本の右翼思想」

 片山杜秀「近代日本の右翼思想」(講談社選書メチエ)が面白かった。以前佐藤卓己が本書について次のように書いていた。

 本書は掴みどころのない右翼思想の全体像をあざやかに切り取った挑戦的な思想史。構成と文体の見事さは芸術的。

 目次から

第1章  右翼と革命ーー世の中を変えようとする、だがうまくゆかない
第2章  右翼と教養主義ーーどうせうまく変えられないならば、自分で変えようとは思わないようにする
第3章  右翼と時間ーー変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる
第4章  右翼と身体ーーすべてを受け入れて頭で考えることがなくなれば、からだだけが残る

 たくさんの右翼思想家が紹介されるが、その中でも特に否定的に紹介されるのが安岡正篤だ。「口舌の徒」と形容される。戦後「歴代首相の指南番」と呼ばれ、企業経営者や中間管理職のための人生の指南書の著者として知られる。

 たとえば、竹内好は、北一輝を取り上げようとするとき、安岡も引き合いに出してこう述べた。

 日本ファシズムの指導者は数少なくないが、ともかく一つの理論体系をもち、その理論が現実にはたらきかけたという点では、北がほとんど唯一の例外ではないかと思う。大川周明は学者だが、革命家としての器量が小さい。権藤成卿井上日召には、権力奪取のプログラムがない。頭山満は単なるボスである。その他石原莞爾のような軍を背景にしたものから安岡正篤のような口舌の徒にいたるまで有象無象はたくさんいるが、理論創造の能力においては北に匹敵するものは、ほとんど一人もいないのである。

大川周明日記」には、「久しぶりに安岡君の話を聞いたが言ふことが万事空々しく響いてまことに不快だ。」とある。
 さらに、過激なテロリスト小沼正、原理日本社の三井甲之らからも否定される。その安岡が戦後には歴代首相の指南番として返り咲いた。元号の「平成」を選んだのも安岡だと言われる。
 以前勤めていた会社に定期的に「安岡正篤の語録」みたいなのが送られてきた。当時の経営者がこれは役に立つから保管しておくように言った。後日私がその会社の代表になったとき、「昭和天皇の伝記」を買うよう求めてきた団体があった。しつような要求を断っていると、あんたの前任者は協力してくれていたと言った。「安岡正篤の語録」はそこから送られてきたのだった。会社の帳簿には載っていなかったから前任者は自分のポケットマネーから支払っていたのだろう。安岡はそんな風に利用されていたのかと今回感慨深かった。
 本書には久しぶりに見る名前が載っていて懐かしかった。荒川幾男、宮川透、松本三之介、渡辺京二等々。特に渡辺京二の「北一輝」はたくさんある北一輝論のなかでも嚆矢だった。
 本書について、冒頭に引いた「構成と文体の見事さは芸術的」は全くその通りだ。