表参道のスパイラルホールで津上みゆき展を見た。その中の2点ほどが昔の加藤泉を連想させた。加藤泉は昨年のベネチア・ビエンナーレに出品し、また新しくオープンした新富町のギャラリーARATANIURANO(アラタニウラノ)のオープニングの個展初日で3,000万円を完売するという記録を作った。美術館でも購入したという。今年のVOCA展では特別室も与えられた。一朝目覚むればという現代のバイロンだ。卒業後苦節15年だから決してオーバーな表現ではないだろう。
加藤泉の初個展は1993年3月、銀座のモリスギャラリーだった。私の「画廊日誌」に「元気がよくて力もある」と寸評が書いてある。1994年のモリスギャラリーでの個展は立体作品ではなかったか。ちょっとがっかりした記憶がある。その後藍画廊やギャラリー・ル・デコ、23ギャラリー、かわさきIBM市民文化ギャラリー、ガレリア・キマイラなどで個展を繰り返し、私はそのほとんどを見てきた。とくに1999年のかわさきIBM市民文化ギャラリーでの個展が良かった。好きな作家の一人だった。不思議な胎児を描いていた。
後に彼の奥さんとなった亀山尚子も卒業後の最初の「二人展」(もう一人の女性作家との)から見ている。東京芸術劇場の地下ギャラリーだった。亀山尚子も優れた作家で、今は育児休暇で個展を休んでいるが、再開が何より楽しみな画家だ。
亀山が抽象表現主義なのに対して、加藤は新表現主義に近い仕事をしていた。いっときル・デコでの個展を中心にしていたが、渋谷のこの画廊は広いだけが取り柄で人が見に行かなかった。なぜ、ここでやるのかと聞くと、ここは半企画でやってくれるからという。半企画とはギャラリーが作家を見込んで正規の料金のおよそ半額で貸してくれるのだ。ル・デコのギャラリストはもとモリスギャラリーのスタッフだった。しかし売れていなかった。その後国立の23ギャラリーが企画で個展を開いたが、そこでもやはり売れなかった。
こんなにいい作家がなぜ評価されないのだと、お節介にも私は勝手に加藤泉のポートフォリオを作り、銀座の企画画廊に売り込みに歩いた。1999年頃のことだ。どこの画廊も相手にしてくれなかった。
加藤泉がVOCA展に選ばれたとき、彼は大賞に選ばれるつもりだったと話してくれた。大賞の賞金は300万円、これで1年間家族3人が絵だけ描いて暮らしていける。
さて数年前から加藤の絵が変わり始めた。誰かが「キャラが立った」と言ったが、ちょっと気味が悪いような現在の絵になってきた。マルレーネ・デュマスに近い世界の作品になって、そして昨年一挙に沸騰した。
マルレーネ・デュマスは南アの作家で昨年東京都現代美術館でも個展が開かれた。最近評判の桜庭一樹の長編小説「私の男」(文藝春秋)の表紙で見ることができる。余談ながらこの小説は父と娘の近親相姦を描いた気持の悪い小説で、どうしてこんな半端でつまらない小説がベストセラーになるのだろう。このデュマスは国際的な画家だけれど、作品は加藤のほうが良いと思う。
ただ残念ながら私は現在の加藤泉の作品を昔ほど評価することができない。夫人の亀山尚子こそ優れていると思う。亀山を評価する点ではおそらく加藤も同意見のはずだ。藍画廊の福田さんも、亀山が加藤に影響を与えているのであって、その逆ではないと言っていた。
しかし、長い間苦労を重ねてきた加藤一家がいま報われることになって、本当に嬉しい。加藤さん良かったね、おめでとう!