恩田陸「夏の名残りの薔薇」を読んで

 恩田陸「夏の名残りの薔薇」(文春文庫)を題名に惹かれて読んだ。つまらないミステリだった。と同時に下手な文章だった。金井美恵子の見事な文章(「タマや」)を読んだ後だったので一層そう感じた。最初にあり得ない状況を設定しているが、それがリアリティを持っていない。展開もご都合主義的だ。ロブ=グリエのシナリオを延々と引用しているが、ちっとも効果を出していない。評価できる部分がほとんどなかった。
 タイトルの「夏の名残りの薔薇」は作者も後書きで書いているように、エルンストのバイオリン独奏曲の題名だ。「無伴奏バイオリンのための6つの多声的練習曲」の第6番がこの「夏の名残りの薔薇」だ。日本では「庭の千草」として知られているアイルランド民謡をテーマにエルンストは超絶技巧の曲を作った。初めにそれを録音したギドン・クレーメルの演奏がすごい。そんな風に断定できるのは、その後に録音した何人ものCDを聴いたからだ。五嶋みどり、マキシム・ヴェンゲーロフ、ルジェロ・リッチ、五嶋龍、みなクレーメルに比べると技巧的にイマイチなのだ。
 強く硬い音のクレーメルに対するのがパールマングリュミオーなどの美音だ。だがこの音が美しいグリュミオーで、バッハの無伴奏バイオリン・ソナタなどを聴くとこれがあまり良くないのだ。バッハの無伴奏は、クレーメルシェリングだろう。
 しかしクレーメル以上のバイオリニストがいた。若くして飛行機事故で亡くなったジネット・ヌヴー(1919-1949)、録音は多くなくしかもモノラルで音質も良くはない。シベリウスブラームスの協奏曲、それに小品が残されている。それらが本当にすばらしい演奏だ。ヴィエニャフスキ国際バイオリン・コンクールで、かのオイストラフが2位だったときの1位が15歳のヌヴーだったのだ。