すずしろ日記

 東京大学出版会のPR誌「UP」3月号に山口晃の連載マンガ「すずしろ日記」の第36回が掲載されている。もう連載3年になったのだ。ここで、その言葉のみ拾ってみる。

1. ケータイを持って1年ちょっと。「もしょもしょ」
2. まぁ便利な訳である。今更かくまでもなく。
3. ーーで先頃、パスモを買った。
4. これがまたバカみたいに便利だ。「うーん しびれる」
5. それらの便利に対して別だん、文句がある訳ではない。いーのいーの人類なしくずしよ……。
6. ただ何というか、あまりにもすんなりと、自分がそれらを受け入れていることに、ちょっと愕然とする。
7. 何のソシャクも消化の要もないーー。ぬれ手で粟の便利さに、おののくのだ。
8. まるで子供の頃から使いならした様な違和感の無さでありながら
9. それは知らぬ間にどこかが抜けおちるか、入れかわるかしておさまっているのかもしれぬというーー
10. 何とも言い得ぬ欠落感、喪失感がある。
11. それに比べると例えば自転車に乗る修練の後に入る便利さは、「どて」「どどど」「わーい」
12. その前後の記憶と相まって、「血肉になった」と云う習得感に満ちている。
13. 話が単純になってしまった。まあ何と云うか、慄然の中身が自分でもよく解っていない。「これ?」「これ?」「これ?」
14. どれにしたところで、「便利」「幸せ」の類は自体で其れの無くなる「不便」「不幸」とはじめからセットな訳でー
15. ただ落ちてゆくだけのものを、「ボト」「コロコロ」
16. 勝手にその緩急で区別してるだけかもしれない。
17. ーーっていつになくまとまらない。ムリにまとめておわりにしよー。
18. あれは、いつかの春の日、山手線にて「ガタン ゴトン」
19. とある駅で私のトナリに髪の長い、よい匂いのする人が座った。「ウーム エッセンシャル」「フローラル」「さらっ」
20. 春の日差しと穏やかなシャムプーの香りに、幸せな気分で数駅を乗った。「さらっ」「ガタコン ガタコン」
21. ある駅でその人は立ちあがり、不躾ながら私はその顔を覗き見やった。「サラ」
22. 男!!??
23. 「返せっ!! 今すぐ全部返せっ」「プシュー」私は何を得て何を失ったんだろう……

 この23コマのマンガが、A5判のわずか1頁に掲載されている。A5判というのは週刊誌の半分だ。山口晃は今大人気の画家。昨年の練馬区立美術館の個展では劇画調の作品を展示していた。数十枚の作品がストーリーを持った劇画を構成していた。三越がリニューアルしたときのポスターや地下鉄のマナー広告にも使われていた。本当に達者な画家なのだ。