某出版社からの手紙

 年末に求人の面接を受けた。地方出版社の編集者募集だ。ハローワークの求人票にはこう書かれていた。

・ベストセラー(もしくは、歴史・美術系の良書)の出版を目指し、ベテランを探しております。企画と編集作業(DTPは出来なくてよい)を東京でして頂きます。
・東京では、一人勤務となるので書籍企画のほかに、大型書店への営業もして頂きます。

 面接の時、東京支店は編集者の自宅を使ってほしい、どんな分野でもいいのでベストセラーを出したいと言われた。
 つまり予算はない、特別に志向する分野はない、売れる本を出したいということだ。面接の結果は不採用だった。
 そして突然手紙がきて、社員に採用はしないけれど、書籍の出版企画を出してほしいという。その手紙。

 Modesty Masayoshi Polo
               ・・・・市・・・区・・・
               株式会社・・・出版
               電話・・・・、FAX・・・・
               担当 K部・M下

        書籍企画依頼書

前略 先日は弊社の面接にお越し頂きまして有難うございました。
 残念ながら、採用は見合わせ(東京支店開設延期)ということになりましたが、永年のキャリアを見込んで、書籍の企画を出して頂ければと思います。
 企画一つ(書籍一冊)につきいくらという具合で、させて頂ければと思います。
よって、著者との交渉や校正作業(赤線入れもしくはワードでの手直し)も込みということになります。事前に手数料等、話し合っていきましょう。
 ご不明な点がございましたら、なんなりとご連絡くださいますよう、お願い致します。
                     早々

 およそビジネスの手紙の体をなしていない。正式な依頼書には会社名に続いて責任者の氏名を役職とともに記すのが常識。担当者名は末尾にフルネームで書く。このように姓のみなどというのは論外だ。
 まず前書きが簡単すぎる。それなりに詳しく経過を説明することが必要だろう。何よりも会社の理念を書かなければいけない。どのような出版社を作ろうとしているのか。どんな分野の出版を目指すのか、どんな層の読者を想定しているのか。
 事務所の予算もないという零細な出版社なら特定の分野に絞るべきだ。絞ってこそ書店員に憶えてもらえる。大型書店は分野別に棚担当が異なるのだ。書店員に憶えてもらわなければ本が棚に並ばない。
 ベストセラーを志向するのも笑止だ。ベストセラーなど狙って出るものでもないし、一時ベストセラーを頻出した草思社でさえ倒産したのだ。地道なロングセラーをこそ志向するべきなのだ。
 20年ほど前、佐川急便が出版社を作ったことがある。その名も佐川出版だ。カッパブックスあたりの編集者を数人引き抜いて創立した。それに対して、ベテランの出版社社長兼編集者兼営業マンつまり一人出版社の人が、佐川出版はつぶれますと言った。編集者だけ揃えて営業がいないから。営業がいなかったら出版社は成り立たないのに、素人はそれが分からない。
 さて、もし私が2次面接に進んだら、編集者を募集するのではなく、経営コンサルタントを捜せと忠告するつもりだった。
 こんなお粗末な手紙を書くなど、経営内容もそれに準ずるだろう。