黒田三郎の詩は優しい

 荒地の詩人の一人黒田三郎は優しい詩を書く。愛妻家で子煩悩な詩人だ。次の詩は、詩集「小さなユリと」から。

九月の風



ユリはかかさずピアノに行っている?
夜は八時半にちゃんとねてる?
ねる前歯はみがいてるの?
日曜の午後の病院の面会室で
僕の顔を見るなり
それが妻のあいさつだ


僕は家政婦ではありませんよ
心の中でそう言って
僕はさり気なく
黙っている
うん うんとあごで答える
さびしくなる


言葉にならないものがつかえつかえのどを下ってゆく
お次はユリの番だ
オトーチャマいつもお酒飲む?
沢山飲む? ウン 飲むけど
小さなユリがちらりと僕の顔を見る
少しよ


夕暮れの芝生の道を
小さなユリの手をひいて
ふりかえりながら
僕は帰る
妻はもう白い巨大な建物の五階の窓の小さな顔だ
九月の風が僕と小さなユリの背中にふく


悔恨のようなものが僕の心をくじく
人家にははや電灯がともり
魚を焼く匂いが路地に流れる
小さな小さなユリに
僕は大きな声で話しかける
新宿で御飯たべて帰ろうね ユリ

 こんな優しい詩を書いている。私の好きな詩人だ。ところが詩人が亡くなったあとで夫人が書いた思い出を読んだら、黒田三郎家庭内暴力を振るっていた。そのことと詩の優しさの隔離が不思議だ。