ベートーヴェンはあんこう鍋

 青柳いづみこベートーヴェンが好きだと書いている。

 私はドビュッシー研究かということになっているが、実は作曲家ではベートーヴェンがダントツに好きである。なぜか?
 彼ほど緊密に作曲した人はいないから。
 ベートーヴェンの音楽のつくり方というのはあんこう鍋みたいなもので、まったく捨てるところがない。骨も皮もプリプリのゼラチン質も全部使い切ってしまう。
 モーツァルトシューベルトに比べるとベートーヴェンは着想が豊かなほうではなかったと思うが、なけなしのモティーフを原型をとどめなくなるまで解体し、有機的に使いきる手腕はものすごいものがある。
 ちなみに無駄使いの代表例はドヴォルザークで、「彼がゴミくず箱に捨てた旋律を拾えば、ふつうの作曲家ならいくつも交響曲が書けてしまう」と皮肉られている。ベートーヴェンの仕事部屋のくず箱には八分音符ひとつ残らないであろう。

   青柳いづみこ「音楽のもたらすもの」(「図書」2008年1月号)

 彼女はピアニストで文筆家だが、実はお爺さんが仏文学者で翻訳家の青柳瑞穂なのだ。昔青柳瑞穂の翻訳でいくつかフランスの小説を読んだ記憶がある。阿佐ヶ谷文士村の中心で、骨董マニアでもあった。