偶然が作った優れたオブジェ

 まだ秋山画廊が神田にあった頃、その近くで面白いものを見た。いや、単に工事風景なのだが、これが面白かったのだ。小さなコンクリートの塀を大きなハンマーで壊している。この作業を「ハツル」「ハツリ」とか言う。工事の途中、昼飯か何かで作業を中断しているらしい。現場には半ば壊された塀に1メートル近いハンマーが立てかけられており、その足元に壊されたコンクリートの破片が集められている。ただそれだけの風景なのだが、それらのバランスが絶妙でまるでよくできたオブジェのようでとても美しく感じられたのだ。カメラを持っていなくて残念だった。記録は記憶にしかない。とにかく美しかった。土方は(作業員はと言い換えなければいけないのか、私も若い頃は飯場に入って土方をしていたが)全く意図していなかっただろう。それがこんなオブジェになったのだ。自然美を除いて、偶然がこんなに完璧な美を作るのは奇跡的だ。
 東武亀戸線東あずま駅下りホームに長年使われていないポスターを貼るための掲示板がある。緑色のパネルに透明なアクリル板が付けられているが、アクリル板が汚れていて、一見してフォートリエの絵のように見える。もちろん近づいてみれば汚れにしか見えない。普通はこうなのだ。偶然が完璧な作品を作ることはない。作品は人間が作るものなのだから。
 ポロックのドリッピングも作家が垂れる絵の具をコントロールしている。白髪一雄の足で描く絵画もやはりコントロールされている。全く偶然に任せた作品もあるだろうが、それらは美しくない。
 だからこの工事現場のオブジェには驚いたのだった。